ルネ・デュボス
内なる神
蒼樹書房 1974
Rene Dubos
A God Within 1972
[訳]長野敬・新村朋美

 1970年、一年後に「遊」を創刊しようと思いたったときに、こっそりひとつの目標をたてた。「場所」という問題を自分なりに追いかけようということだった。創刊号からしばらくのあいだ「場所と屍体」というエッセイを連載してみたのも、そのひとつの試みだった。
 場所について本気で考えてみたかったのは、連載中の「場所と屍体」でもふれたことだが、父の死に遭遇したこと、および中村宏の『場所の兆』というタブロオを見て、そのときに初めて場所というものを感じたからであるが、そのすぐあと、アンリ・ベルグソンの卒業論文「場所について」を読み(そのまま白水社のベルグソン全集をだいぶん読んだが)、さらにそこからアリストテレスのコーラとトポスをめぐる場所論の周辺をあれこれさまよったせいでもあった。
 それから3年ほどしてルネ・デュボスの『内なる神』が翻訳された。これがなんと場所論だったのだ。
 デュボスを読むのは初めてだったが、第6章の「場所の永遠性」に惹かれて読みすすむうちに、これはものすごい思想者であることがたちまち伝わってきた。序章の「実在のかくれた側面」がすでにダントツなのである。連続性と複雑性、差異と内包、秩序と組織、変化と適合といった問題意識は、ほとんどこの本によってぼくの知覚のバリアを食い破ってきたといってよい。
 いまおもえば「複雑系としてのシステム」について言及してみせた最初の最も高度な思想書でもあった。すでに1970年代の初期に、「多型系・非線形」としての複雑さに、MITのジェイ・フォレスターとともにとりくんでいた。
 しかし、ルネ・デュボスが最高にすばらしいところは、「人間の精神」というものを「測定されたこと」に対して、つねに「設計されたこと」と「変化してきたこと」によってたえず照射しつづけようとしたことだった。

 デュボスは1901年にフランスで生まれて10代でアメリカに渡り、前半生を微生物学者としてロックフェラー研究所を中心におくった。そのころからすでに世界の細菌学の超一流のリーダーで、かつ世界を一新した抗生物質の研究開発者でもあった。「細菌生態学」というニュージャンルも開拓した。1945年にはいまでも名著として数えられている『バクテリア細胞』を書いた。
 こういう経歴だったから、いかにも医化学技術の最先端に位置しているように見えるのだが、それだけに最初はそこに「思想」があることなど期待してはいなかったのであるが、どっこい、たいへんな思想者であった。言及されている話題はまさに古今におよび、引用されている発言は多岐にわたっているにもかかわらず、その大半はみごとに厳選されていて、おそらくはいまなお読者の指針になるものと思われる。
 生態学や環境学についても、本書が示した指針はいまなお通用する。通用するどころか、今日のつまらない環境論者はこの原点に戻るべきである。それほど示唆に富んだ本なのだ。
 これはデュボスが後半生を思索と執筆と著作に集中したからでもあった。あとでちょっとだけふれるが、後半生のデュボスの思想は生態学的文明論をたった一人で切り開いたといっていいほどのものだったのである。
 その後、ぼくはデュボスの本のほとんどを読むことになった。また「遊」で最晩年のインタビューをすることもできた。そのうえで断言をするのだが、デュボスは20世紀の思想者として十指に入る格別の科学者なのである。はたしていまの日本人がどのくらいデュボスを知っているのかわからなけいけれど、もしこの名を初めて聞くようであるのなら、諸君はまだ科学と理性と生命の関係を知っていないということになる。

 それで、場所についてだが、デュボスの場所論は「生きている場所」あるいは「人間の生きる風土」というもので、一言でいってアリストテレスからベルグソンにいたる場所論ではまったく議論されていなかった新しい視点で構成されている。これはデュボスが初めて立案した場所論なのである。
 デュボスが示す場所には「内なる神」(entheos)がいる。これは"enthusiasm"の語源にあたるギリシア語であるのだが、もっとわかりやすくいうと「インスピレーション」の語源なのだ。すなわちデュボスは、場所には「内なる神」としてのインスピレーションが潜在して、このインスピレーションを取り出すことが人間の精神の力であり、そうだとすれば、それは「場所の精神」だと言ったのである。
 こういうことに気がついた科学者は少ない。むしろ文学者や芸術家が気がついた。たとえばロレンス・ダレルが『土地の精神』を綴り、ジェラード・マンリー・ホプキンズが「心景」(inscape)ということを言った。建築家にとっては「ゲニウス・ロキ」という言葉がおなじみだろう。
 しかし、これらにはつねに魂(ソウル)や霊(スピリット)がつきまとっていて、そのままでは科学にはならない。そこをデュボスは踏みこんで、最初は「地球についての神学」を足場に組んで、たとえば地球と遊離酸素の関係を吟味しながらしだいに神学的な脚立(きゃたつ)を取りはらい、ついでは「自然」(nature)という見方だけでは場所にひそむ胚胎の本質が見えないと言って、場所が萌芽させる生命の動向、すなわち有機体としての分子の声に耳を傾けさせていったのである。

 これはすでにホワイトヘッドが与した視点ではあったが、デュボスはその有機体としての活動概念のなかから、正確に生命活動に適応できた動向だけを取り出し、「反応」(リアクション)と「応答」(レスポンス)の相違を抜き出して、実は地球と生命の関係、あるいは場所と人間の関係を切り離さずに相互作用として記述できる可能性の探検に向かっていったのだ。
 しかしデュボスの探検はそこにとどまらない。あらかた生命の問題を叙述しおえると、その足で、場所というものがその後の人間の共同体によって部落や都市や国家になっていったことを眺め、そこにもう一度、さて原初の「内なる神」が躍動しているかどうかを調査したのだ。
 その結果、部落や都市や国家がつくりあげたはずの「文化」はいつのまにか「技術」に取って代わられていたことに、デュボスは読者の目を導いていく。すなわち、産業社会や工業社会がすでに「内なる神」を失いつつあることを指摘し、これでは人間の理性はインスピレーションを喪失したままになると、そういう警告すら発したのである。

 こういう思想の語り方なのだ。きっとぼくのこの紹介を読んで、デュボスを読んでみたくなった読者がしだいに出てきたのではないかと思う。そこで数あるデュボスの著書のなかで、いくつかの印象にのこったことをメモっておく。
 順不同でいくが、『生命の灯』はタイトルからはやや想像がつかないだろうけれど、人間を考えるには生命以前の段階から観察を始めて、どこから生命の点火がおこったのかを考えるべきだと主張した。つまり物質がどこから生命になっていくかを考えることが、人間が自然界のどこから人間になったのかを推理させるだろうと言ったのである。『人間への選択』は、ではさらに「人類」という生物学的な普遍性が「人間」であることを選んだ理由を考えるには、人文学者も社会学者も自然科学者も「聖地」の特色をちゃんと知るべきだということを提案している。これは示唆深い。
 タイトルが意外かもしれない『理性がまどろむ時』は元のタイトルが『理性という名の怪物』であったことを知ればちょっとは見当がつくかもしれない。17世紀に始まった理性主義が科学を曖昧にしていった意味を問うたのだ。ぼくにはフランシス・ベーコンを分析しているところが興味深かった。今日の科学者でベーコンのイドラ(偶像)を問題にできる科学者など、いなかったからだ。
 ぼくが一番おもしろかったのは『健康という幻想』である。これは人類がどのように健康や長寿を求めたかという歴史を、ふつうなら病気の歴史にしてしまうところを、ひっくりかえして「健康幻想史」にしてみせたのだ。それを抗生物質の発明者が書くところが、デュボスのデュボスたるゆえんなのである。ただしぼくには、この本が「健康なんてくそくらえ」という方針を確立させてしまい、おかげで健康から見放されることになってしまった曰くつきの本だった。
 そのほか、もっとデュボスを深めるために言わなければならないことはいろいろあろうが、今日的な意味でデュボスの言葉に耳を傾けておいてほしいのは、きっと次のことだろうと思う。それは、デュボスは何度も、「未来に対する創造性を期待するなら、経済の発展と技術の革新に目を集中させないことだ」と言ってきたということである。

附記¶デュボスの本はみな出色であるが、おもしろく読み進むには、『人間であるために』(紀伊国屋書店)、『人間への選択』(紀伊国屋書店)、『目覚める理性』(紀伊国屋書店)、『理性がまどろむ時』(思索社)、『生命の灯』(思索社)、『人間と適応』(みすず書房)、『いま自然を考える』(思索社)、『環境と人間』(ブリタニカ)、『パストゥール』(河出書房)などという順で読むと入りやすいかと思う。専門書の『バクテリア細胞』は『細菌細胞』という邦訳が昭和27年に岩波書店が出した。ちなみに、ぼくは大好きなのだが、『健康という幻想』(紀伊国屋書店)は危険な書かもしれない。禁煙運動をしたいような諸君は読まないほうがいい。

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