ゴットフリート・ロスト
司書
白水社 2005
ISBN:4560007918
Gottfried Rost
DerBibliothekar 1990
[訳]石丸昭二
ビブリオマーネ(愛書家)に、
ビブリオファーク(本狂い)。
ビブリオスコープ(つんどく派)と、
ビブリオファーベ(本嫌い)。
どんな書物屋とも遊べるのが、
ビブリオテカール(司書)だ。
そこで、今年最後の夜、
その司書の気分にちょっぴりなって、
「千夜千冊」アクセス・ベストを、
ちょっとばかり公開することにする。
セイゴオ版紅白歌合戦、
ないしはK1グランプリ~!

 1801年、ゲーテ(970夜)がゲッティンゲン大学の図書館を初めて訪れたとき、「まるで音もなく数えきれない利子を生み出す大資本を前にしているような思いがする」とのべた。
 まるで“書物の経済学”のようなメタファーだが、書物が資本に負けていなかった時代の感想なのである。しかしいまは残念ながら、書物は資本にくらべようもない。メタファーにすらならなくなっている。書物に投資する資金も、全世界をあわせても微々たるものだ。
 こんなことで高度資本主義の未来はいいのかと猛然と噛みついたのが、フランスのピエール・ブルデューだったことは、1115夜の『資本主義のハビトゥス』に説明しておいた。ブルデューは「文化のバロメーターは、産業界が書物にどれほど資金を注いだかにある」と言ったのだ。まさにその通りだが、さらにいえばブルデューは、「資本は、書物および書店、ならびに図書館と書棚と司書に!」というふうにも言ってもよかったのである。

ゲッティンゲン大学図書館(1747年)

 歴史的にいうと、図書館(ビブリオテーク)が文化史に登場するのは、劇場にくらべるとずっと遅かった。劇場は大きな村落共同体の出現とともに早々に生まれていたが、それはそこに身体さえあれば劇場がつくれたからである。図書館はそうはいかない。書物が貯まらなければ、その構造をもちえなかった。風通しも必要だ。
 それでも紀元前14世紀のヒッタイト王国の首都ハットゥサからは、膨大な粘土板のコレクションが発掘されていて、すでに「文庫」が発祥していたであろうことを告げている。通し番号のついた粘土板がかなり見つかったのだ。それから700年後、アッシリア帝国のアッシュルバニパル王の時代になると、ニネヴェの文庫で「閲覧」が始まっていた。すでに『ギルガメシュ』が閲覧されていたという記録がある。
 古代ギリシアはアリストテレスの文庫に代表されるような、個人蔵書の公開まで進んだ。「ビブリオテーク」という言葉が生まれるのもこの時期で、「テーカ」とは「箱」ないしは「本箱」のことをさしていた。それがヘレニズム時代になって、70万巻を集めたアレキサンドリアの大図書館やエフェソスの図書館が出現するに至った経緯については、目録「ピケナス」の驚異とともに959夜の『知識の灯台』に詳しく紹介した。
 古代ローマでも、文庫や図書館は人気があった。個人の蔵書数を誇ったのは、キケロとウェルギリウスとマルクス・テレンティウス・ウァロ(かの『デ・ビブリオテキス』の著者)だったけれど、ローマにはそのほかウルピアをはじめとした28もの公共図書館があり、富裕な貴族の邸宅文庫も少なくなかったのだ。そこではもっぱら奴隷が書物を管理したようだ。
 しかし、書物の管理というものは、並大抵のものではない。コンパラーレ(入手)、スプレーレ(補充)、コムターレ(不良品の取り替え)、デシグナーレ(内容表示)、ディスポナーレ(分類)をしなくてはならない。これには専門職が必要だった。こうして「司書」が誕生していったのだ。「ビブリオテカール」とか「ビブリオテカリウス」という。皇帝マルクス・アウレリウスの手紙に、この用語が初見する。

アレキサンドリア図書館(想像図)

フォン・コービン画

115年頃に建てられたエフェソスのケルスス図書館の全景。

埋没していた建物の破片を組み立てたもの。

 数日前、赤坂稲荷坂の仕事場の書棚整理をみんながしてくれた。一年に一度の本の煤払いだ。編集工学研究所と松岡正剛事務所では、大掃除の半分がこの作業になる。4階建て(上にいくにしたがって小さくなっている)の建物の、壁という壁のほとんどが本棚で埋まっているからだ。スタッフ総勢と編集学校の諸君が手伝いで参加して、今年も一斉に埃りを拭いてくれた。紙魚までは落とさない。
 翌日は、溢れかえっている本を適切な位置に配架する作業になる。コムターレやデシグナーレはしない。ディスポナーレだけである。編集学校の山口桃志、成澤浩一、小林佐和子、大音美弥子、渡部好美、丸山ちさと、米川青馬、猪狩みき君たちが、高橋秀元と太田香保の指揮のもと、真冬の窓をあけていながらも、汗だくだくでとりくんだ。
 すでに赤坂の本の数は5万冊をとうに突破して、6万冊に近くなっているのではないかと思う。以前はこれを仁科哲という猫派のスタッフがほぼ一人で司書してくれていたのだが、彼がやめてからはビブリオテカールは不在のままだ。ぼくも書棚整理を半ばあきらめているのは、書棚と書物の対応にあまりに差がありすぎて、書架はどの棚も二重三重の本をかかえなくてはならず、これでは目で見た機能も、アタマに配置を活用させる機能も、とうてい果せなくなっているからだ。
 もっとも赤坂に来た来客たちは、このように書棚に二重三重に本が溢れかえっているのにもかかわらず、それでもタテヨコ・ギリギリ、慎ましくもひしめきあうこの「書物の世紀末的光景」がいたっておもしろいらしく、たいていの御仁は「いやあ、すごい本の数ですね。それに並び方がユニークですね」と感想してくれる。ケータイ写真を撮っていく客もいる。けれども、これはもはや臨界値を大幅に破ってしまったマツキヨ的ないしはドンキ的惨状なのである。
 だからスタッフたちも訝しく思っているようだが、ぼくはこの数年来というもの、書棚のディテールには目を瞑(つむ)ってしまっている。次にどこかに引っ越したら一から組み立てなおしたいと、その日をたのしみにするばかりなのだ。

編集工学研究所PIER
ここには東西の世界にまつわる本が置かれる。

編集工学研究所TOUR
日本史や民俗学に関する本が置かれる。

 5、6万冊という本の数は、世の中の図書館からすれば、ものの数には入らない。赤坂の蔵書の多くはぼくが個人で入手したものが多いけれど、それではおそらく10万冊が限度だろう(井上ひさしさんだけは例外だ)。
 しかし、図書館はちがう。目的も異なるし、だいたい宗教的背景や学術的背景が動く。古代から中世にかけては、オリゲネス(345夜)、カッシオドルス、ヒエロニムスという名うてのキリスト教三羽ガラスが登場して、おおいにビブリオテカールの才能を発揮したたため、宗教世界に図書館重視が目立っていった。『情報の歴史を読む』(NTT出版)にそのあたりの事情を書いておいた。
 今日ならば、書棚の充実は購入や入手に頼るわけであるが、昔日はそうはいかない。なにしろ版本技術がお粗末なのだから、図書館を充実させようとおもえば、写本技術を強化することになっていく。たくさんの書写生や書写僧をかかえ、長期の写本作業をしていくことになる。このへんのことも1018夜の『書物の出現』そのほかで、詳しく案内しておいた。皇帝コンスタンティヌス1世が50冊の『聖書』を注文したときは、どれほど書写生が集められたことか。
 それがカール大帝の時期になると、写本のためのタイプフェイスの指定さえあったというふうに、写本技術も俄然アートっぽくなっていく。カロリング書体ミヌスケルがこうして生まれたのである。
 こんなふうな事情、つまりキリスト教社会でどのように図書館が広まり、また制限されていったかということは、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』(241夜)がミステリー仕立てであかしたものだった。修道院図書館や聖堂図書館は、それ自体が迷宮であり、暗号であり、封印だったのである。そのぶん、書物は神聖視もされた。セリビアのイシドールの『修道院規則』には、書物を損傷したり紛失したりすると厳罰が処せられると記されている。

エスコリアル宮殿のスペイン王室図書館における
修道士たち(18世紀)

 中世図書館の威容は、やがて大学図書館にも引き継がれていった。ロペール・ド・ソルボンヌがパリ大学に図書館を設立したのが嚆矢だったろうか。続いて、オックスフォードのマート・カレッジやケンブリッジのピーターハウス・カレッジにも図書館ができた。
 王侯たちも負けてはいない。フリードリヒ2世、シャルル5世、ルイ12世は、読みもしない書物でもふんだんに集めていった。文化は権勢だったのだ。こうなると、そろそろビブリオマーネ(愛書家)、ビブリオファーク(本狂い)、ビブリオスコープ(つんどく派)の登場になっていくのだが、書物と図書館と司書がいよいよ本格的になるのは、やっぱりグーテンベルク以降のことになる。本書は司書の歴史をふりかえったというよりも、ここから先の近世の図書館と近代の司書たちの冒険が縷々綴られている。
 ブルワの司書メラン・ド・サン=ジュレによる1530年代フランス国内での刊行書物の全収集、フッガー一族のハンス・ヤーコプ・フッガーによる1571年の大収集、マザラン枢機卿の司書ガブリエル・ノデによる1642年の目方による書物収集とその分類、等々。

 しかし、書物の分類だっていろいろ「しくみ」がいる。それには書物を知るだけではダメで、そもそも世界がどのように構成されうるか、それをどのように検索すればいいのかということも、勘定に入れなければならない。このとき、「世界はアルファベティカルに組み合わせられるような要素でできているはずだ」と喝破したのがウィルヘルム・ライプニッツだった(994夜)
 その後も、書物と世界の関係はあれこれ追求されたのだが、その一方で書物にかかわる者たちの名と功績と伝説も、「世界知」に組み入れられるようになった。これについては、なかでもカントが先頭を走ったのだろうと思われる。カントは、哲学の発端が何によっておこるかといえば、それには図書館の司書の視点に立つということを発端にすべきだと言ったのだ(カントはケーニヒスベルク応急図書館の下級司書をみずから求職した)。
 かくて図書館と司書はしだいにナショナル・プロジェクトの先頭に立ったり、グローバル・スタンダードの先兵ともなっていった。「図書館はその国の文化のインデックスにほかならない」と言ったのは、たしかレーニンだったはずである(104夜)

オランダ、ライデン大学の斜面机図書館
ヤン・コルネーリス・ヴァン・ヴォウト画(1610-1630年)

ケンブリッジ大学図書館
トマス・ロウランドソン画(1800年)

 本書はヨーロッパとアメリカの司書のことしかふれていないけれど、一方では、グローバル・スタンダードにならない図書館や司書がいくらでもあってよい。日本の足利学校や金沢文庫に始まり、家康の紅葉山文庫によって一挙に各藩各地に広がった私塾型の文庫には、つねにそうしたローカルであるがゆえに、かえって深彫りがユニークな司書たちが何十人何百人と出現したものだ。
 江戸時代には司書はそのまま蔵書家であったことも多く、その名もかなり知られている。本をもつことを当時は「儲蔵」(ちょぞう)とも言ったのだが、伊勢神宮の権禰宜だった足代弘訓(あじろ・ひろのり)、回船問屋の小山田与清(ともきよ)、狂歌の名人だった四方赤良こと大田南畝、校勘を生業(なりわい)としていた狩谷掖斎、滝野川文庫で有名な書物奉行の近藤正斎などなど、みんな3万巻5万巻クラスの儲蔵を誇った。
 なかでも小山田与清は自慢の蔵書群を「擁書楼」と名付けた書庫に取り揃え、これをしばしば披露したため、大田南畝、谷文晁、屋代弘賢、山東京伝らが何かにつけては、瀬戸焼やカラスミ一包や河豚の粕漬など持参して、その威容を驚き愉んだ。これぞ、まことに男の粋である。このあたりのこと、岡村敬二の『江戸の蔵書家たち』(講談社選書メチエ)などに詳しい。

 こういう事情がいろいろ重なって、司書や蔵書家は近代に向かうにしたがい、文人サロンの偉大な亭主ともなったのであるが、それはヨーロッパでも同じこと、ほう、そういう人物が司書でもあったのかというような人物が、書物の森の片隅に蹲ったり、翼をはやす日々をおくっていた。
 たとえば、アレクサンドル・デュマがオルレアン公の司書で、アナトール・フランスがパリ上院図書館の司書で、『幻想交響曲』のベルリオーズがパリ音楽学校の司書だったことは、夙に有名だろう。
 そもそもレッシングが生涯にわたる司書であり、かのハインリッヒ・ハイネ(268夜)がゲッティンゲン大学の初代図書館司書で、あのカサノヴァだってヴァルトシュタイン伯の司書だったのである。映画化されたカサノヴァを見た諸君はおぼえているかもしれないが、カサノヴァにあっては、実は書物こそが“フェティッシュの王女”だったと言ったほうがいいところがあったのだ。
 いやいや、ここまではまだ前座だったのかもしれない。なんといってもホルヘ・ルイス・ボルヘス(552夜)が司書の出身で、国立アルゼンチン図書館の館長であったということこそ、ビブリオファークの狂喜するところであったろう。これ以上に司書を褒めそやすための例はないというほどだ。司書というもの、書物に隠れているようでいて、世界を分類してきた最初の狩猟者なのである。
 このこと、ミシェル・フーコー(545夜)の『幻想の図書館』(哲学書房)を読まれると、いっそう身に染みてくることだ。

ホルへ・ルイス・ボルへス(書斎にて)

 さて、かくいうぼくにとっても司書は必ずしも遠くない。ぼく自身が小学校ですでにトッパーを着た小さな図書委員だったということはともかくとしても、松岡正剛事務所を長年にわたって仕切ってくれている太田香保の、その直前までの仕事が慶応の日吉図書館の司書だったのだ。
 新しい館長に美術史家の衛藤駿さんが就任して(『アート・ジャバネスク』や『極める』の監修をお願いした)、図書館を槙文彦さんの設計で建築からつくりなおし、そのときのパンフレットを衛藤さんが木村久美子に依頼してきたのだが、そのとき太田香保がその依頼の一件をもって元麻布の松岡正剛事務所に初めてやってきたのである(まだ編集工学研究所はなかった)。
 だから太田香保はぼくのことなど、実はろくに知っていなかったのだが、なぜかデザイナー木村久美子の姿にぞっこんとなり、そのまま松岡正剛事務所に入ることになったのだった(そのころ木村も渋谷恭子も松岡正剛事務所と一緒のマンションに住んでいた)。
 あとは周知のごとく、太田はぼく自身の(つまり、ベルクソン的存在のためのという意味だが)、その“存在のビブリオテカール”をしてくれるにはふさわしい能力をもっていたため、ぼくはすっかり彼女に仕事の仕切りの覇権をあずけたまま、今日まで過ごしてきたのだった。彼女はもともとは人見知りをするタイプだし、どちらかというと引っ込み思案なのではあるが、リサーチや管理能力は、いまでも司書仕込みが生きている。

 さて、さて、もう一度、さて。いまや、図書館はアマゾンやウェブに侵食されつつあると言っていい。
 検索をするのなら、どう見てもアマゾンやグーグルのほうが速くて正確だし、ウェブの各所にはさまざまな図書サイトが顔を覗かせてている。だいたい、この「千夜千冊」にしてからがウェブのお世話になりっぱなしになっている。
 しかしウェブの中には、司書は見当たらない。どこにもいない。むしろ検索エンジンやウェブユーザーやブロガーたち自身が司書であり、司書群そのものなのである。司書は、ウェブではシステムとユーザーの手にゆだねられていると見たほうがいい。いや、われわれ自身がすでにロングテールのビブリオテカールそのものになりつつあると言ったほうがいいのだろう。
 けれどもしかし、ウェブ社会がどのように書物とつきあっているかということは、まだあかるみには出ていない。そこはいまだ密室なのである。ただ、「千夜千冊」だけは、実は厖大なログを記録したままになっている。すでに230万アクセスに達した「千夜千冊」には、この貯まりに溜まったログを覗き見るというたのしみも保存されたままなのだ。
 そこで、年末ついに押し詰まってきた今夜、このあとを少々のサプライズにしてみたい。いったい、これまで「千夜千冊」のどんな書物がアクセスされてきたのか、その“内部情報”をいささか抜き出して公開してみようと思うのだ。実に興味深いデータの推移があるのだが(ぼくも覗ききれていない)、今夜はそのごくごく一部をお目にかけることにする。

 では、「千夜千冊」紅白歌合戦、あいや「書物のK1グランプリ頂上決戦」のダイジェストを、どうぞ。
 まずは、1000夜に達した時点でのアクセス上位ベスト50を紹介しておこう。ぼくにとっては、もはや懐かしい番付だ。こんな並びだ。

◆2004年7月時点での通算アクセス数ベスト50

1 1000 良寛『良寛全集』
2  999 ホメーロス『オデュッセイアー』
3    1 中谷宇吉郎『雪』
4  800 大友克洋『AKIRA』
5  998 滝沢馬琴『南総里見八犬伝』
6  997 ゴシュマン『水戸イデオロギー』
7  996 王陽明『伝習録』
8  971 手塚治虫『火の鳥』
9  992 小林秀雄『本居宣長』
10  995 ホワイトヘッド『過程と実在』
11  801 五木寛之『風の王国』
12  980 グレン・グールド『グレン・グールド著作集』
13  638 樋口一葉『たけくらべ』
14  988 道元『正法眼蔵』
15  950 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
16  900 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
17  991 松尾芭蕉『おくのほそ道』
18  987 白川静『漢字の世界』
19  799 プラトン『国家』
20  961 吉田満『戦艦大和ノ最期』
21  979 中沢新一『対称性人類学』
22  913 ダンテ『神曲』
23  605 新渡戸稲造『武士道』
24  994 ライプニッツ『ライプニッツ著作集』
25  583 夏目漱石『草枕』
26  621 萩尾望都『ポーの一族』
27  888 パウンドストーン『ビル・ゲイツの面接試験』
28  812 小南一郎『西王母と七夕現象』
29  921 つげ義春『ねじ式・紅い花』
30   42 鴨長明『方丈記』
31  118 世阿弥『風姿花伝』
32  978 フランク・ロイド・ライト『ライト自伝』
33  241 ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
34  956 姜尚中『ナショナリズム』
35  895 フロイト『モーセと一神教』
36  447 上田秋成『雨月物語』
37  952 李白『李白詩選』
38  600 シェイクスピア『リア王』
39  337 スタンダール『赤と黒』
40  916 ハイデガー『存在と時間』
41  914 司馬遼太郎『この国のかたち』
42  833 ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』
43  110 ブラッドベリ『華氏451度』
44  935 プルースト『失われた時を求めて』
45  879 稲垣足穂『一千一秒物語』
46  805 ディヴィッド・ピート『シンクロニシティ』
47  982 荒俣宏『世界大博物図鑑』
48  993 三浦梅園『玄語』
49  990 ユイスマンス『さかしま』
50    2 ダンセイニ『ペガーナの神々』

 これを見ていると、『AKIRA』『南総里見八犬伝』『水戸イデオロギー』『伝習録』が上位でぴったり踵(きびす)を接し、そのあとに『火の鳥』小林秀雄『本居宣長』ホワイトヘッド『過程と実在』となっているところが、なんとも微笑ましくも、香ばしい。また、『方丈記』『風姿花伝』『ライト自伝』エーコ『薔薇の名前』が追いかけているのも、頼もしい。
 1000冊を書いたのちも、「千夜千冊」は続いていった。周辺の評判からみても、ぼくの気分からしても、とうてい1000冊で終えられなかったのだ。すでに連載中からいくつかの版元から出版物にしましょうという声もかかっていた。
 ただ「千夜千冊」の書籍化にあたっては、途中に胃癌になったり、求龍堂との調整があったりして、結局、その後の144冊を加えたところで、全集7巻(別巻1)の刊行に踏み切ったのだった。
 以下はその全集のための収録本の区切りをつけたときの、記念すべきアクセス・ランキングである。2006年の6月分だけを集計している。1144冊目の柳田国男の『海上の道』がやっぱりトップに躍り出ていた。このあたりアクセス数というもの、何かケナゲなのである。

◆2006年6月のアクセス数ベスト30

1 1144 柳田国男『海上の道』
2  393 深沢七郎『楢山節考』
3 1005 吉田武『虚数の情緒』
4    1 中谷宇吉郎『雪』
5  800 大友克洋『AKIRA』
6  845 森達也『放送禁止歌』
7  605 新渡戸稲造『武士道』
8  900 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
9  726 荘子『荘子』
10 1139 白土三平『カムイ伝』
11  465 サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
12  241 ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
13 1013 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』
14  801 五木寛之『風の王国』
15 1023 ニーチェ『』ツァラトストラかく語りき
16 1143 石井達朗『異装りセクシャリティ』
17  982 荒俣宏『世界大博物図鑑』
18 1000 良寛『良寛全集』
19  850 与謝蕪村『蕪村全句集』
20  484 日高敏隆『ネコはどうしてわがままか』
21  118 世阿弥『風姿花伝』
22 1003 石田波郷『鶴の眼』
23  961 吉田満『戦艦大和ノ最期』
24  921 つげ義春『ねじ式・紅い花』
25 1138 林美一『江戸の枕絵師』
26  950 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
27  992 小林秀雄『本居宣長』
28  956 姜尚中『ナショナリズム』
29  952 李白『李白詩選』
30  913 ダンテ『神曲』

 かつて入っていなかったニーチェ『カムイ伝』が上位に食いこんできたのは、予想がついた。でも、『楢山節考』『放送禁止歌』が急にアクセス数をふやしたのは、どうしてか。フシギ、フシギ。
 では、次に、一挙にとんで、今年のデータを公開してみよう。今度は1カ月単位のアクセス数の変化変遷がわかるデータだ。新たに書いた書物が上位にくるのは予想されることだったのだが、突如としてアクセス数をふやしているものもある。アレックス・カー町田康などだ。それも、その一ヶ月だけアクセスをふやす。その理由がどこにあるのか、ぼくにはまだ見当がついてはいない。それにしても『江戸の枕絵師』がトップとは!

◆2007年4月の月間アクセス数上位30

1 1138 林美一『江戸の枕絵師』
2 1107 隈研吾『負ける建築』
3 1144 柳田国男『海上の道』
4    1 中谷宇吉郎『雪』
5  419 清少納言『枕草子』
6  800 大友克洋『AKIRA』
7 1177 瀬名秀明・太田成男『ミトコンドリアと生きる』
8 1178 李賀『李賀詩集』
9 1139 白土三平『カムイ伝』
10  605 新渡戸稲造『武士道』
11  400 夢野久作『ドグラ・マグラ』
12  922 小林秀雄『本居宣長』
13 1005 吉田武『虚数の情緒』
14  621 萩尾望都『ポーの一族』
15  950 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
16  465 サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
17  118 世阿弥『風姿花伝』
18  944 ホッブス『リヴァイアサン』
19  961 吉田満『戦艦大和ノ最期』
20  952 李白『李白詩選』
21  241 ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
22 1136 サド『悪徳の栄え』
23  143 折口信夫『死者の書』
24 1000 良寛『良寛全集』
25  765 ガルシア・マルケス『百年の孤独』
26 1121 杉浦日向子『百物語』
27  753 西行『山家集』
28   64 カフカ『城』
29  152 猪野健治『やくざと日本人』
30 1176 安田登『ワキから見る能世界』

◆2007年7月の月間アクセス数上位30

1  221 アレックス・カー『美しき日本の残像』
2  121 アマンダ・リア『ダリが愛した二人の女』
3  845 森達也『放送禁止歌』
4 1144 柳田国男『海上の道』
5 1192 高橋透『DJバカ一代』
6    1 中谷宇吉郎『雪』
7 1190 村上重良『国家神道』
8 1138 林美一『江戸の枕絵師』
9  725 町田康『くっすん大黒』
10 1191 三原昌平ほか『プロダクトデザインの思想』
11 1189 ボッカチオ『デカメロン』
12  465 サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
13  605 新渡戸稲造『武士道』
14  118 世阿弥『風姿花伝』
15  800 大友克洋『AKIRA』
16 1139 白土三平『カムイ伝』
17 1187 アダム・ファウアー『数学的にありえない』
18  400 夢野久作『ドグラ・マグラ』
19  950 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
20 1188 李御寧『「縮み」思考の日本人』
21 1185 佐伯恵達『廃仏毀釈百年』
22  913 ダンテ『神曲』
23  922 小林秀雄『本居宣長』
24  956 姜尚中『ナショナリズム』
25 1000 良寛『良寛全集』
26  900 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
27  621 萩尾望都『ポーの一族』
28  312 俵万智『サラダ記念日』
29 1005 吉田武『虚数の情緒』
30  291 アリストテレス『形而上学』

◆2007年10月の月間アクセス数上位30

1 1172 ドナルド・リチー『イメージ・ファクトリー』
2 1144 柳田国男『海上の道』
3 1138 林美一『江戸の枕絵師』
4 1203 渡辺京二『逝きし世の面影』
5 1201 浅羽通明『アナーキズム』
6    1 中谷宇吉郎『雪』
7  621 萩尾望都『ポーの一族』
8 1199 フレイザー『金枝篇』
9  950 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
10  370 杉田玄白『蘭学事始』
11 1139 白土三平『カムイ伝』
12  800 大友克洋『AKIRA』
13 1202 ミシェル・グリーン『地の果ての夢・タンジール』
14   18 ポアンカレ『科学と方法』
15  202 チェ・ゲバラ『ゲバラ日記』
16  922 小林秀雄『本居宣長』
17  900 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
18  465 サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
19 1204 スタニスワフ・レム『虚数』
20  845 森達也『放送禁止歌』
21 1200 ヘルダーリン『ヘルダーリン全集』
22  605 新渡戸稲造『武士道』
23  765 ガルシア・マルケス『百年の孤独』
24 1005 吉田武『虚数の情緒』
25 1000 良寛『良寛全集』
26 1023 ニーチェ『ツァラトストラかく語りき』
27 1107 隈研吾『負ける建築』
28  118 世阿弥『風姿花伝』
29  974 近松門左衛門『近松浄瑠璃集』
30 1136 サド『悪徳の栄え』

 見れば見るほど、なかなか興味深い変遷だが(実は100位や300位を見ると、もっとおもしろい)、これらが、ぼくの書いた原稿のせいではないことはたしかなことで、ここにはぼくすら与(あずか)り知らぬ「なんらかの読書の世」というものが滲み出ているのだろうと思う。たとえば『リヴァイアサン』ポアンカレの大健闘、ゲバラの復活などは、何かの「世」の願いの揺動というものをあらわしているのかもしれない。
 だいたい「千夜千冊」は、これを読みたくてこのサイトを開いたユーザー以外のユーザーもたくさん訪れている。グーグル検索をしていれば、かなりの頻度と確度で「千夜千冊」に飛んでくるからだ。230万はページビューのアクセス数なのである。なかで日々「千夜千冊」を覗いているユニークユーザーは10万人くらいではないかと思われる。
 ということで、これらのデータはまだ5分の1も真相を語ってはいないのではあるけれど、これをシステム管理してくれている横川君の計画では、これからしだいにその「めくるめく実態」を少しずつ分析して、新たなウェブ読書世界の展望をもたらしたいということだ。
 それでは、最後に、これまでの通算アクセス数の総計からベスト50をあげておこう。現在の時点で、「千夜千冊」を検索している書物は、この順に多いということになる。これも50位以下がとてもおもしろいのだけれど、それはいつかまたお目にかけたい。
 ともかくは、とくとご覧いただきたい。ぼくとしては、あいかわらずビル・ゲイツ『虚数の情緒』『放送禁止歌』多い理由がよくわからないのだが、柳田国男ダンテ良寛宮沢賢治ドストエフスキー世阿弥樋口一葉などがトップを長らく競いあい(これまでのデータ推移)、墨子バロウズ『ブリキの太鼓』稲垣足穂白川静がいまもって健闘してくれているのは、なかなか感慨深いものなのだ。

◆2001~2007年通算アクセス数上位50

1  888 パウンドストーン『ビル・ゲイツの面接試験』
2    1 中谷宇吉郎『雪』
3 1144 柳田国男『海上の道』
4  800 大友克洋『AKIRA』
5 1005 吉田武『虚数の情緒』
6  913 ダンテ『神曲』
7  605 新渡戸稲造『武士道』
8  845 森達也『放送禁止歌』
9  465 サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
10 1000 良寛『良寛全集』
11  900 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
12  950 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
13  118 世阿弥『風姿花伝』
14  638 樋口一葉『たけくらべ』
15  875 上野千鶴子『女は世界を救えるか』
16  961 吉田満『戦艦大和ノ最期』
17  621 萩尾望都『ポーの一族』
18  400 夢野久作『ドグラ・マグラ』
19  922 小林秀雄『本居宣長』
20  241 ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
21  982 荒俣宏『世界大博物図鑑』
22  143 折口信夫『死者の書』
23  583 夏目漱石『草枕』
24  921 つげ義春『ねじ式』
25  956 姜尚中『ナショナリズム』
26  952 李白『李白詩選』
27 1023 ニーチェ『ツァラトストラかく語りき』
28  833 ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』
29  817 墨子『墨子』
30  879 稲垣足穂『一千一秒物語』
31  202 チェ・ゲバラ『ゲバラ日記』
32  971 手塚治虫『火の鳥』
33  765 ガルシア・マルケス『百年の孤独』
34  822 ウィリアム・バロウズ『裸のランチ』
35  509 カミュ『異邦人』
36  988 道元『正法眼蔵』
37  801 五木寛之『風の王国』
38 1138 林美一『江戸の枕絵師』
39  530 美輪明宏『ああ正負の法則』
40  726 荘子『荘子』
41  980 グレン・グールド『グレン・グールド著作集』
42  916 ハイデガー『存在と時間』
43  534 安部公房『砂の女』
44  935 マルセル・プルースト『失われた時を求めて』
45  152 猪野健治『やくざと日本人』
46  987 白川静『漢字の世界』
47  447 上田秋成『雨月物語』
48  153 ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』
49  487 旧約聖書『ヨブ記』
50  830 ユング『心理学と錬金術』

では、よいお年を!

暮れの編集工学研究所赤坂ZERE

誰もいない室内の片隅。
すでに来るべき新年を迎える準備が整っていた。

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