ニール・D・ヒックス
ハリウッド脚本術
フィルムアート社 2001
ISBN:484590117X
Neill D.Hicks
Screenwriting 101 1999
[訳]濱口幸一

 脚本家が書いた脚本稽古帳である。ただしハリウッドだけに通用するものなのでご注意。あるいはハリウッドのようなドラマでよいなら、日本のどこでも通用する。
 ここでドラマとよばれているのはたったひとつで、「秩序を与えられた葛藤」というものである。それ以上でもなく、それ以下でもない。しかし、この明瞭な目標があることが、本書に徹底したプラグマティズムをもたらした。そういう意味では役にたつ。

 ごくごく要点だけを紹介すると、脚本家は次のことを順番に決めるとよいらしい。

1.主人公を決める。
2.敵対する者が誰かを決める。
3.かれらが何について争っているかを決める。
4.その対立や葛藤で生じる変化が何なのかを決める。
5.主人公がその変化のためにおこす行動の理由を決める。

 ようするに、設定したドラマによって主人公と登場人物たちがどのように変わっていくのか、そこをまず決めなさいということなのである。

 次に、構成をラフに考える。序破急のことであるが、ハリウッドでも3段階で考える。ただし、世阿弥とちがって、必ず次のような効果を考える。

1.始まり=誘引
2.中盤=期待
3.結末=満足

である。
 いかにもハリウッドらしいが、これでハリウッドは成功しつづけてきた。それなりに傾聴にあたいするが、まったく別のドラマづくりもある。簡潔に紹介しながら、別のドラマの可能性についても註をつけてみた。

1.始まり=誘引
 主人公を明確に提示したら、その人物とともに観客の思考が始まらなければいけない(松岡註。別に始まらなくてもいいというのが、小津やゴダールだ)。それには主人公の気持ちになってもらうことが必要だが、そのためには、だいたいのばあい、主人公の周辺に意外な困難が勃発するほうがいい(松岡註。何も勃発しなくて引きこまれることもある。それがベケットやデュラスやアンチテアトロの方法だった)。

2.中盤=期待
 すでに観客は主人公たちに成功してもらいたくなっているが、すぐ成功してはいけない。ひとつの困難を解決しようとすることが別の困難に結びついたり、予想を裏切ることがおこる必要がある。しかし、それによってドラマ全体に対する期待が高まる(松岡註。たしかにこれでスピードは高まるが、一つの困難の意味が深まるということはない。ハリウッドは娯楽だから、これでいいのだろう)。

3.結末=満足
 ここでは、これまでのあれこれのストリームを引き取って、観客に、これで「全体の統一」を見た、と思わせる満足を与える(松岡註。この満足は2時間でけっこうな解決感を得たという満足であって、満足とは何かという提示ではなくてよいらしい)。ただし、この満足は、主人公たちの内的な解決感と外的な解決感のそれぞれに与えられなければならない(松岡註。そうは言うが、ハリウッド映画でもそこまで計算がゆきとどいた作品は少ないよね)。

 こんなふうだが、著者はこのハリウッド流「序破急」の作品例として、『レインマン』をあげている。
 次に脚本術として、以上の「序破急」を決定的に成功させるためのサブシステムを完備する。以下のものだ。

1.バックストーリーをしぼる。
 状況の背景を最も少ない映像で説明することだ。これは正しい。『ガンジー』『ラストエンペラー』。

2.バックストーリーの中に主人公が入る接点を明確にする。
 たいていはそのための関連人物が必要になる。日本映画はここで数をふやしすぎるきらいがある。

3.主人公に何かがおこる「今日」を設定する。
 心の中でおこったことは見えないので、出来事の発見を明示するために「今日」をつくるわけだ。

4.どこかに偶然が必然になる場面をつくる。
 これは大賛成。これがなければドラマはない。ただし、この偶然が必然になるのがハリウッドは早すぎる。

5.困難に立ち向かうための準備過程をつくる。
 ロッキーの準備にあたるところ。これはまさにハリウッド流で、『パピオン』の勝利というべきか。

6.対立者がはっきりしてくる。
 できればしだいに敵対・対立の関係が見えてくるのがいいらしい。どんでん返しも、ここにある。

7.主人公と観客は同じオブセッションをもつ。
 これは感心した。たしかにここにハリウッドがある。そうか、オブセッション(強迫観念)だったんだ。

8.困難の度合いに応じた闘争を用意する。
 これをまちがうと、たいていのアクション映画は失敗する。長すぎると、退屈するし。

9.できるだけ人間味をもたらして解決が訪れる。
 ここがいちばんハリウッドのいやらしいところ。が、それをロビン・ウィリアムズやジム・キャリーで跨いでしまうのがハリウッドでもある。

 このほか。いろいろハリウッドの秘密が書いてある。それはたいてい打算的なものであるが、それなりに納得がいく。
 たとえば、映画のジャンルは次のように分けるというのだから、ものすごい。

A.進んで生き生きしたものになる。
B.進んで生きていく。
C.進んで死ぬ。

 ハリウッドは進むことしか考えない。これはこれでたいしたものだが、これに騙されてもいられないよねえ。が、それに騙されて、みんなハリウッド映画を見ているわけなのだろう。
 映画はセリフでもある。これについてもハリウッドは徹底している。短いセリフで、最大の暗示効果を与え、しかも重苦しい雰囲気をこれで救い、軽いシーンをこれで重要にしてしまう。その芸当たるや見事なもので、いまのところハリウッドの脚本家がこのセリフ術では群を抜いている。
 本書を読んでわかったのは、役柄とセリフの関係がうまいのである。たとえば、

マルティ「外は臭うわね」
ジョージ上院議員「そんなら、その窓を閉めることだ」
マルティ「死んだ何かの臭いね」
ジョージ上院議員「いい子だからベッドに入りなさい。そうしたら死んでるものも何も心配なくなるんだ」
マルティ「何が死んだか見たいの」

 まあ、これだけでかなりの暗示効果が出ている。相手が上院議員であることが重要で、それに対して、女が即物的であるのに、重要な手がかりに近づいているのが見てとれる。

 だいたいこんな調子で御指南がある。サブタイトルに「プロになるためのワークショップ101」(原題が「スクリーンライティング101」)とあるように、ここには“編集稽古”もついている。どうも真似されたような気がしないでもない。

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