父の先見
◆77歳を迎えた数日後の宵の口から、松岡正剛事務所、編集工学研究所、イシス編集学校の諸君が「キジュ」をリアル&リモートで祝ってくれた。さすがに準備は万端、細工は流々、たいへん凝った趣向で、ヤキトリに始まり、あれこれの手を替え品を変えてのサプライズのあげく、後半は総勢数十人が次から次へ歌い継いでみせるという“We are the World”状態で、3密どころか5密なシングアウトに包まれた。たいへん愉快なひとときだった。
◆しかし、けれどもだ。宴のあとでしんみり考えた。やっぱり「キジュ」はどうみてもヤバいのだ。これから仕上げられそうな「こと」や「もの」を想定してみると、どうみてもタカが知れている。砂時計に残された時間がないというのではない。数年前からじりじり感じてきたことなのだが、気力と体力のセッサタクマの案配がめっきりおかしくなっていて、これは「別のエンジン」を急がせなくてはいかんのである。ところがそのエンジンの開発がままならない。
◆すでに思いついていたり、着手してみたプランもほったらかしだ。そこには著書もあるし(5冊ほどの見当がある)、書画もあるし(仏画っぽいもの)、或る種のマザープランづくりのようなものもある。かつて着手しはじめた『目次録』などは何人もの諸君の助力を得ながら、放置したままになっている。
◆これはヤバい。キジュに乗っていてはまずい。本を書き上げることくらいならなんとかなりそうだけれど、ぼくの仕事はエディトリアル・オーケストレーションに向かっていくことだから、自分一人が書き手に甘んじていてはいかんのだ。そう、戒めてきた。編集オペラのようなもの、編集ページェントのようなもの、そっちに向かっていなければならなかったのだ。それが遅れている。
◆「本のページェント」にする試みだけなら、図書街や松丸本舗や本楼や近大やMUJIブックスや所沢のエディットタウンなどにしてきたが、それらは世の中での「本」の扱いが静かすぎるので、いろいろ制約が多かった。そこで連塾や織部賞やトークイベントのステージなどでは、そこに音や映像やナマのゲストの出入りを加えたけれど、まだまだなのだ。
◆そういう不足感を払底するために、15年ほど前から考えていた不思議なマザープランがある。「故実十七段」とか「次第段取一切・故実日本流」と呼んでいるもので、従来の歴史的な試みで喝采を送りたいもの、たとえばディオニソス祭や修道院立ち上げや人形浄瑠璃の成立や、ライプニッツのローギッシュ・マシーネや天体観測装置やファッションショーやムンダネウム計画や、あるいは賭博・競馬・バザールやスペクタクル映画やアニメの傑作などの制作成果を、都合100~150例ほどトレースしながら思いついたことで、これらを複合的な世界装置開展のためのマザープランにしてみようとしたものだ。
◆マザープランのドラフトはあらかたできているのだが、これをどうみなさんに開示したり実現したりしていけばいいのか、そこは手つかずだ。先だって、やっとその小さなキックオフをした。追々、どんなふうになりそうなのか報告したいと思っているけれど、これもやっと腰を上げたばかりなのである。
◆そんなこんなで「キジュ」はヤバいのだ。もっと深刻なことを言うと、ほんとうはもっと本を読みたいし、読み替えていかなければいけないことが溜まっていて、うっかり千夜千冊などというリテラル・ナビゲーションをルーチンにしたため、自分が考えたり感じたりしていることが、読んだ本の紹介や案内ではカバーしきれずに、いちじるしく非対称になってしまっていて、このフラストレーションこそ、実はもっとヤバいことなのである。好きなときに好きなことを書くようなジンセーにしておけばよかったのに、なんだか律義な責任のようなものをつくりすぎたのだ。
◆それでも諸姉諸兄からしたらいささか意外に思えるだろうことも、実は着々とやってきた。これらについてはぼくの生命時間を超えてしてきたことなので(死後にもわたって継続できるようにしてきたことなので)、いつかその中身が他人の手でリリースされるかもしれないけれど、それがどういうものであるかはぼくからは説明できない。僅かにリークできるのは、そのひとつ、イシス編集学校の「離」で十数年にわたってコツコツ進行してきたことで、これはとても大事にしてきた。毎期、限られた参画者(30人)にしか読めない1500枚ほどのテキストを、ずっと書き換えてきたのである。どういうテキストかは説明できないが、世界観共有学習のための「穴空きプロトコル」のようなものだ。
◆もうひとつ、ぼくが仮想思考してきたことを綴っているものがある。仮想思考だから、アタマの中やメモの中やPCの中でだけ、アーキテクチャをもっているものだ。これはおそらく「生前贈与」をしたほうがいいかもしれないので、そのうちその一部をリークしようかと思っている。以上、キジュに因(ちな)んだヤバめのお話でした。