ジュルジュ・アガンベン
スタンツェ
ありな書房 1998
ISBN:4756698549
Giorgio Agamben
STANZE 1993
[訳]岡田温司
「閾」と「間」の政治哲学。
政治意識と美意識の両方をかっさらう生-哲学。
アガンベンはいつも「鍵と鍵穴」のAIDAを見ている。
たとえば、言葉は言葉以前の場所から育つ。
ポルノグラフィは神聖で犯せないものを犯す。
カリカチュアは付与と剥奪の両義性をもつ。
そういう見方をするアガンベンが、
言葉の鍵とイメージの鍵穴の間隙に介入した。
スタンツェとは、多様なイメージが通過する部屋のことだ。
ベンヤミンのパッサージュが
意識と表象のあいだにまで及んだ場所のことである。
この時代、スタンツェが足りなすぎる。

 たいへん口はばったいからすぐあとで取り消すが、ジョルジョ・アガンベンを読んでいると、30年前の自分を感じる。
 ぼくが1970年代の後半に深みに落ちて夢想していた問題が次々と蘇ってくる。そのころは手ざわりはありながら自分の言説のつながりとしては適確に指摘できなかったいくつもの輪郭が次々に暗示的に串刺しされていく‥‥。そんな“読み”の快感があるのだ。アガンベンはいつも問題の輪郭とともにその凹んだ核心を一緒に指摘するから、それがかつてのぼくの凹んだ手ざわりのエッジに次々に触れるので、よけいに快感があるのだろう。
 こんなことをいえば、ぼくがアガンベンに似た問題意識を30代前半でもっていたかのように映るかもしれないが、ちょっとはそうだとも、とうていアガンベンのように切り盛りなんてできなかったとも言える。両方だ。まあ、これは口はばったい。
 が、その両方というのは、アガンベンを読んで、「うんうん、わかった、わかった」なのではなくて、そういうふうに考えようとした自分がそこで言述されていくような感じなのである。だから「ふうん、わかった」とも「うん、そうに決まっている」というものではない。「奥が疼いている」というものだ。
 準既視感とでもいうべき読中感が、アガンベンのやや衒学的な文章とともに本からぼくの記憶に引っ越してきて、点火された爆竹のように蘇るといえばいいだろうか。なぜそうなるか、どうしてそうさせるのかということが、きっとアガンベンの思想の最も重要なところだから、それについてはあとでふれるけれど、ともかくもアガンベンによって、ぼくの30代前半に疼いていた問題意識は初めて輪郭と核心をもてたのだ。

 アガンベンを読みはじめたのは一昨年の2月のことで、最初は上村忠男が訳した『幼児期と歴史』(岩波書店 2007)だった。
 この本はインファンティア(幼児期)という概念と動向をめぐっているのだが、アガンベンはそれを「いまだ言語活動をもたない状態」というふうに捉えて、しかもそれを決して「言葉を語りはじめる以前の心的状態」とはみなしはなかった。これはすばらしい。
 インファンティアとは非言語的ではあるが、言語がそこを前提として成立していくような「埒」なのである。閾値の「閾」なのである。穿たれた「場所」なのである。言葉はその穿たれた非言語的なところから、なんらかの新たな衝動をえて言語的なものに向かって生じるものなのだ。だから経験を語るのも、歴史を語るのも、美術表現にいたるのも、そもそもがインファンティアに発し、インファンティアに根づいているものなのだ。
 そういうインファンティアを無視して言語や経験や歴史を論じるのはおかしいと、アガンベンは指摘した。
 このような見方は、ぼくが30代の前半に考えていた「意味は場所と表象のあいだにあるはずだ」という問題意識と微妙に共振ビブラートしていて、どきどきした。アジア古代の言語哲学者バルトリハリや空海(750夜)なら、このインファンティア的なるものを「スポータ」とか「五大の風気」と言ったろう。

 『幼児期と歴史』には6本目の論文として「ある雑誌のための綱領」というのが収録されていた。これはアガンベンがイタロ・カルヴィーノ(923夜)とクラウディオ・ルガフィオーリと新たな雑誌をつくろうとしていたときの構想骨子のようなもので、これまたぼくにはぴったりだった。
 1974年から2、3年のあいだ、アガンベンはカルヴィーノらと語らって新雑誌を計画する。残念ながら実現はしなかったようなのだが、そのコンセプトはかれらが「イタリアン・カテゴリー」と名付けた二項対比的な概念模様を、その雑誌で新たに再編集してしまおうというものだった。たとえばルガフィオーリは「建築/優美」を、カルヴィーノは「速度/軽妙」を、アガンベンは「権利/被造物」などの対概念の再編集にとりくんだという。
 アガンベンは1942年のローマ生まれで、その後はパリ国際哲学学院をへて、ヴェネツィア建築大学の美学教授やヴェーロナ大学の教授などをしている。ぼくの二つ年上になる。だからアガンベンらが新雑誌を構想しているときは、ぼくが「遊」の第2期にとりかかり、「化学幻想/神道」「音界/生命束」「世界模型/亜時間」といった、一対の“脱構築”を好き勝手にめざしていたころにあたる。そんなことも手伝って、ひどく近しいものを感じたのである。それにしても、その雑誌、ぜひ見てみたかった。

より「遊」第2期 化学幻想・神道、音界・生命束、世界模型・亜時間

 次に読んだのは不思議なタイトルの『中味のない人間』(人文書院 2002)だった。アガンベン28歳のときの驚くべき処女作で、ワルター・ベンヤミン(908夜)がいっぱい、ポイエーシスとプラクシスの関係がいっぱい、芸術本質論がいっぱい、の野心的著作である。
 表題の「中味のない人間」とは芸術家、アーティストのことをいう。なぜアーティストに中味がないのかといえば、マルセル・デュシャン(57夜)を引くまでもなく、芸術の本質は芸術自己を否定することだから、アーティストが自己弁明や自己延命的解釈をしているようでは、その本質的否定性すら失うことになり、それよりも中味なんぞをかなぐり捨てたほうがいいからだ。
 このような見解はすぐにアドルノ(1257夜)の「否定的弁証法」との近い関連を思わすけれど、そして実際にもアガンベンはアドルノに多大な影響を与えたベンヤミンにこそ全面依拠するのだが、この本ではそのことを「ポイエーシス」(生-産)と「プラクシス」(行-為)のあいだの創発的間隙に向かう芸術の意志の問題というふうに扱っている。
 ポイエーシスとプラクシスは、テオリアとともにぼくが編集哲学とその実践のための基本の基本においてきた土台の考え方のようなものだ。むろんアリストテレス(291夜)から借りてきた。アガンベンはそれをベンヤミン=アドルノふうに動かす気になったようだけれど、これに関してはぼくはまったく思いつかなかった。
 ところで、この本には訳者の一人でもある岡田温司の長い巻末解説がのっていて、これが充実していた。岡田さんは「千夜千冊」ではすでに『マグダラのマリア』(1295夜)で登場している鋭明な美術史家だけれど、アガンベンを論ずるにも最もふさわしい視野と読解力と深さをもっているとも見受けられた。いや、『幼児期と歴史』の上村忠男の解説もよかったのだが、岡田温司はアガンベンに全面参入している。

 ついでは『涜神』(月曜社 2005)である。ゲニウスとポルノグラフィについて書いていて、これまた実に明快だった。
 ゲニウスというのは「ゲニウス・ロキ」(926夜)の、あのゲニウスだが、そもそもは古代ローマで生誕とともに各人を支配する神のことで、ふつうは守護神という意味になる。しかし、アガンベンが解いてみせるゲニウスは精神性との対比において語られるゲニウスなのである。
 アガンベンによれば、精神性とは次のようなものをいう。「精神性とは、何よりもまずもっては、個人化された存在が完全には個人化されてはおらず、個人化されていない現実の血からをいくらかまだ帯びているという事実についての、そして、この現実の血からを保存するだけでなく、尊敬し、なんらかの仕方で自らの負債を引き受けるようにして引き受けるべきであるという事実についての、このような意識のことである」。
 それに対して、ゲニウスはたんなる精神なのではない。「わたしたちのなかの非個人的なものすべてがゲニウス的なのである」。血液を送り、筋肉を緊張させる潜勢力のすべてがゲニウスなのだ。このようにゲニウスを捉えるのは、言語能力を欠いたインファンティアこそが言語の起源であるという見方とおおいに呼応する。すばらしい。

 ポルノグラフィについては、一度、千夜千冊で何かの本を選んでゆっくり議論したいのだが(たとえばオーギュスト・ブランキとかマリオ・プラーツとか?)、アガンベンのここでの議論はたいへん端的なもので、ポルノグラフィとは「神聖を汚すことのできないもの」をどのように汚すのかという、その一点の「あいだ」に生じるものだというふうになっている。
 とくにアガンベン得意の「ホモ・サケル」を例に出しての快刀乱麻は、さすがに説得力がある。
 ホモ・サケルというのは、ローマの古法に登場するもので、誰もが殺人罪に問われることなく殺害可能で、しかも神に犠牲として供するのは不可能な聖的存在のことをいう。たとえば、ダニエル・デフォー(1173夜)が描いたモル・フランダース、アベ・プレヴォー(1281夜)が描いたマノン・レスコー、プロスペル・メリメ(1323夜)が描いたカルメンである。いや、娼婦ばかりのことではない。ベンヤミンがいう「剥き出しの生」やカール・シュミットのいう「例外者」のすべてが含まれる。網野善彦(87夜)なら「化外の民」と言ったろう。
 この例外的な剥き出しの生に、ポルノグラフィの本質があるというのがアガンベンの見方なのである。うーん、これまたすばらしい。

 こうして本書『スタンツェ』を読んだという順番だったのだが、アガンベンの著作順のほうは、さっきも書いたように『中味のない人間』(1970)が28歳のときの早熟の処女作で、ぼくが読んでいないものを含め、以降、『スタンツェ』(1977)、『幼児期と歴史』(1979)、『言語と死』(1982)、『散文の理念』(1985)、『来たるべき共同体』(1990)、『バーテルビー、創造の公式』(1993)、『ホモ・サケル』(1995)、『アウシュヴィッツの残りもの』(1998)、『涜神』(2005)というふうに続く。
 こういうことなので、ぼくはアガンベンをほぼでたらめな順でジグザグに読んできたというわけになる。これではアガンベンの思索にちっとも沿ってはいないということになるのだが、しかしそんなことより、何を読んでも、アガンベンはベンヤミンのパッサージュを「生-哲学」のさまざまな場面や概念で費いきっているのが、最近のぼくにはなんとも心地よいばかりなのだ。それは『スタンツェ』でも一貫した。
 スタンツェはイタリア語の「スタンツァ」から派生した用語である。スタンツァはダンテ(913夜)が『俗語詩論』に説明しているところによると、「あらゆる技法を収容するに足る小部屋もしくは容器」のことをいう。ダンテは「カンツォーネ」があらゆる詩想のふところを意味するように、スタンツァはすべての技法のふところだと解した。
 アガンベンもこれに倣って、イタリア語のスタンツァを「部屋」「すまい」であるとともに、「詩節」というふうにも、また技法のための「場=トポス」というふうにも解釈している。しかし、たんなる場所や容器なのではない。スタンツァはヨーロッパの多くの表象(ファンタスマ)と欲望と言葉とを収容するところで、そこを横切っていくことがスタンツェなのである。

 本書のなかでぼくがとくに同調同期していた文脈は、軽くまとめると3つにわたる。第1には、フェテッシュに関する文脈だ。
 フロイト(895夜)がフェテッシュの起源を、女性(母親)にペニスがないということを幼児が承認できないことから生じるとしたことは、その暴論のわりにはよく知られている。このフロイト説に従うと、フェテッシュはすべてペニスの代用品だということになる。
 しかしアガンベンはフロイトのフェテッシュ代用品説をほったらかしにして、美術や言葉におけるフェテッシュが、ミケランジェロからマラルメ(966夜)にいたるまで、もっぱらメタファー(暗喩)のふくらみのなかで、とりわけメトニミー(換喩)やシネクドキ(提喩)の技法をもっていることに注目し、そこには「否定的参照」とでもいうべき未完成な“母のペニス”があらわれていると見抜いた。
 すばらしい。ペニスの不在でも代用でもなく、そこには“母のペニス”が新たなフェテッシュとして生まれていたというのだ。

 ついでアガンベンが目を止めるのは、リルケ(46夜)とマルクス(789夜)とボードレール(773夜)である。
 リルケは、かつての父の時代の家や噴水や外套や衣服が、それぞれ「なんでもしまいこめる懐かしい壷」のようなものだったのに、アメリカ文化が押し寄せるようになって、すべてが均一で空虚で、うわべだけのものになっているということを嘆く。
 マルクスは『資本論』の第1章第4節で、労働の成果が「物品の外観」に転化して、そこに資本幻想が生じるようになるのは、商品が物神扱いされているせいだとみなした。ボードレールは1855年のパリ万博を思い出して、あのときすべての商品がシンボルを放って、それぞれをつなげようとしていたと綴った。
 このリルケとマルクスとボードレールは、まったく同じことを言っている。同じスタンツェをしている。「商品の物神性が世界を犯した」ということを表明しているのである。しかしアガンベンはそこに加えて、芸術もまた使用価値と交換価値を区分けして、デュシャンとポップアート以降、中味を空洞化することに気が付いたのだと見定めた。
 ちなみにベンヤミンはとっくの昔に、このような現象を「アウラの失墜」というふうに指摘した。この点に関してはアガンベンよりもベンヤミンが圧倒的な先見性をもっていて、すばらしい。

 第2に感心した文脈は、「像」(イメージ)をめぐるもので、アガンベンがいくつもの中世の画像や文芸を検討して、そもそも恋愛や愛情の発生は、目の前の実在(超越者や異性)の存在をめぐってのみ高まるものではなくて、描かれた像に出会ったり、憧れの像を描こうとしたりしてからの、はなはだメディア的で、媒介的なことではないかとみなしたことだ。
 例題にもちだされたのはクレマン・マロの『薔薇物語』の挿絵などで、そのピュグマリオンの描き方から、アガンベンはファンタスマ(表象像)こそが恋愛と非恋愛のあいだの作用を担っているのだと喝破した。

ピュグマリオンの物語」パリ 国立図書館より(上)
「ピュグマリオンと彫像」オックスフォード ボードリアン図書館より(下)

愛人・彫像・薔薇」
ヴァレンシアより

 アガンベンがヴァールブルグ研究所にぞっこんであることを知れば、このような見方をたやすくできそうだという見当はつく。まして、このようなことは、マスメディア時代のスターやタレントの画像収集癖や“追っかけ”にあからさまに顕著になっていることで、とくに力説するほどのことでもないようにも思える。
 けれどもアガンベンはそこにばかりとどまらない。ぼくが感心するのはここからで、アガンベンは、外形や姿形というものは(すなわちペルソナ=パーソナリティは、またすなわちフィギュア=プロフィールは)、それが剥ぎ取られないことをもって成立しているのだから、逆にそれを剥ぎ取るという意図を観照者や相手や芸術家が内面にもったとき、まさにそのときに、恋愛や芸術が成立してくるはずであるというふうに切り返してもみせたという、そのことだった。
 これはさきほどのべたポルノグラフィ論にもつながるもので、すこぶるおもしろい。本書では、さらに「鏡の前のエロス」としてそのことを、ジャック・ラカン(911夜)の鏡像理論にさえあてはまる理屈に仕立ててみせていた。

 第3の感心はカリカチュアをめぐる。ぼくがカリカチュアに興味をもったのは、グランヴィルのイラストレーションを調べてからのことで、そのきっかけは杉浦康平さん(981夜)と『ヴィジュアル・コミュニケーション』(講談社 1976)にグランヴィルをとりあげたことにあった。
 このとき直観的ではあったが、カリカチュアの本質が生物的分化の歴史を背景とするメタモルフォーズ(変容)にあると思った。それがどこかから人間の表現の歴史に吹き出してきた。だから、その変容は輪郭線にもシンボルの扱いにも意味の編集にもかかわっている。そう、感じたのだ。

グランヴィル
「フーリエの体系」
『もうひとつの世界』より

 本書の用語でいえばカリカチュアの歴史は、アルタミラの洞窟このかた、縄文土器このかた、「シグニフィカツィオーネ」(形象的意味変容)のプロセス全部にかかわっているということだ。シグニフィカツィオーネは形象と意味がつながっている。 それを古風に「あらわれ」などと言ってもいいだろう。
 今日の記号学では、「意味すること」と「表現すること」と「隠蔽すること」は必ずしもうまく扱われていない。大半が「シニフィアンの上にシニフィエという図式がのっている」(S/s)というふうに処理される。これでは秩序を二つも立てているようなもので、この二つの秩序のあいだの壁を通過するものがない。
 しかしながら、そもそも寓意(アレゴリー)とはどの秩序にも限定して属さないものをあらわしていた。その寓意のシグニフィカツィオーネがイラストレイティブになったものがカリカチュアである。そうだとすると、われわれは何かの徴候を認めようとすれば、まずは寓意もしくはカリカチュアから入っていくということなのである。あとからカリカチュアがつくられたわけではないということなのだ。

 16世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパの社会文化はヘルダーの言うところの「エンブレムの時代」になっていた。何が何でもがフィギュアであってプロフィールでなければならなくなったのだ。
 それはそれでよかったのだけれど、この時期はヨーロッパが合理科学を確立する時期にも当たっていたため、エンブレムのいくつかは科学のシンボルとなり、そこに入らなかったものたちはすべて怪しいエンブレムのほうに分割されることになった。こうして科学と錬金術が分かれ、芸術と民俗が分離され、有意性と曖昧性が分断された。
 アガンベンはこれらを奪還しようとしている。ぼくが「遊」の第2期でやろうとしたことも、この分断の撤回だった。ただし、その作業をカリカチュアに求めたあたり、ミシェル・フーコー(545夜)の先駆的作業『言葉と物』や『知の考古学』などがあるとはいえ、やっぱりすばらしい。

 以上が、この2~3年にアガンベンを読んだ者の感想の一端である。
 いま、日本ではアガンベンを「生-政治学」の覇者の一人として評価する傾向のほうが強く、またアントニオ・ネグリ(1029夜)を批判できる唯一の論客と期待する向きも少なくないのだが、ぼくはぼくなりに、ポイエーシスとプラクシスの「あいだ」を語れる凄腕として読んできた。このこと、上記の感想の断片に如実に吐露されていると思う。
 ネグリとアガンベンを区分しても仕方ない。存在を「ゾーエー」(すべての生命に共通する生きているという事実性)ではなく、「ビオス」(しかるべき個別知や共同知にいるという生き方)として掴まえるという思想なら、とっくにネグリにもアガンベンにも共通しているもので、そこから政治を権力に結びつけるか、政治を美や趣向に結びつけるかというところが、二人の思想の方向のちがいなのである。
 それよりネグリとアガンベンを串刺しにしたほうがいい。あるいは両睨みしたほうがいい。しかし、そういうことよりも、ぼくにとってアガンベンがおもしろいのはどんな問題の議論にも「場」や「あいだ」や「閾値」を見ているところなのだ。それは思想というより方法のおもしろさなのである。とくに否定の方法や負の方法に対するアガンベンの絶対的ともいうべき確信は、ぼくを何度もよろこばせる。
 とりあえず今夜は、そのようなアガンベンの方法を「結合の奥義」(mysterium coniunctionis)の蘇生の仕方を知っている“意味の外科医"だというふうにしておきたい。はい、ご退屈さま。

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