ジェラール・ジュネット
フィギュール|ⅠⅡⅢ
書肆風の薔薇・白馬書房 1987・1989・1991
ISBN:4891762519
Gerard Genette
Figures Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ 1969
[監訳]花輪光/訳:和泉涼一・小田淳一・神郡悦子・矢橋透・天野利彦
フィギュールが動いて、意味が舞う。
意味には姿も形もあって、
それがたくさんのテクストのあいだを出入りする。
それをかつては世阿弥が、芭蕉が、
フランスの物語学では
ロラン・バルトが、ジェラール・ジュネットが読み解いた。
フィギュールこそは、
意味の連鎖のそこかしこに潜在する
プロフィールの一切であり、
また、われらが「アヤの一族」のお印なのだ。
今夜は超難解フィギュールを、
蝶のフィギュールに変じて御覧じよ。

 フランス語のフィギュールといふのは、姿のことである。英語でいへばフィギュアだ。フィギュアといふとコスメティックなおたくの人形のやうなことを思ふかもしれないが、むろんそれも入る。ぼくは「書」を遊ぶことが多く、そこから何かが浮かび上がってくるのを待って筆を一気に動かすのであるけれど、漢字を書くときはそのたびにフィギュール(フィギュア)を想ふ。筆はフィギュア・スケートなのである。だからこれをプロフィールと言ってもいいだらう。姿や形を意図してあらはれてきたもの、そのすべてがフィギュアであり、フィギュールで、プロフィールなのだ。
 しかしジュネットの言ふフィギュールは、一途に言葉とその作用に深くかかわってゐる。たとへば「船」といふ言葉が示すものを、「紀伊国屋文左衛門の帆が上がる」というやうに「帆」といふ言葉によってあらはしているとき、その「帆」は「船」のフィギュールを代表したのである。こういふぐあいに、ジュネットは言葉・言語・語・文章・意味・文体などに出入りするフィギュールのすべてを問題にする。
 ジュネットにとっては、レトリック(1020夜)のすべてがフィギュールで、レトリックそのものがフィギュールの体系である。といふことは、あとでもふれるけれど、フィギュールの日本語に最も近い和語の概念は何かといふに、おそらく「あや」(文・彩・綾)なのだ。以下、アヤというふうに綴るけれど、アヤはぼくが最も好きな和語のひとつである。日本には古来“アヤの一族”といふべきものたちこそが何かを仕組んできた歴史があるとさへ思っている(989夜)。
 今夜はその“アヤたるフィギュール”の感覚を少々追いたく、ジュネットを選んだ。その風情やその風格は、ひょっとして日本語なら旧仮名遣ひにしたらなにがしかが響き加はるだらうかと、本式ではなく略式の旧仮名遣ひでごく手短かに綴ってみることにした。これは手なぐさみ、口ずさみといふものだ。

 ぼくがジェラール・ジュネットを読みはぢめたのはかれこれ20年ほど前のことで、ナラトロジー(物語学)にとりくんでいたころだ。
 ロラン・バルト(714夜)を筆頭に、バフチン、トドロフ、プロップ、グレマスなどからドイツ・メルヘン論や日本昔話論までまさに手当たりしだい、片っ端から読んでゐたのだが、なかでジュネットが一貫してフィギュールにこだわっているのが少々気になっていた。
 そのうち、高山宏(442夜)・黒崎政男さんらと「オペラ・プロジェクト」を当時はリクルートにゐた藤原和博君らとともに構想したり、ついでは山口昌男(907夜)・多田富雄(986夜)・田中優子(721夜)さんらと「国際物語学会」を仮設したりすることになって、ナラトロジーをジュネットの側から読み進めるということがお留守になった。そのかはりと言ってはなんだが、国際物語学会では、たとへば美輪明宏(530夜)と姜尚中(956夜)が、西松布咏とジョン前田が、それぞれ初めて顔を合わせたり、記号学会の室井尚(422夜)、インプレスの塚本慶一郎、ソニーの北野宏明、当時は東大だった実験心理学の下条信輔、これまた当時はNTTの研究所にゐた石井裕らがマルチメディアライクな物語の可能性について猛烈な早口の意見を交はしたりして、ぼくはぼくなりに物語の背後に迫らうとしてゐたのだった。
 それでも、ジュネットがフィギュール論からしだいに「パラテクスト」の解明のほうに乗り出していることは、翻訳を横目で見てゐたにすぎなかったけれど、ずっと気がかりだった。パラテクストについてはあとで説明する。

 それにしてもそのころからちょいちょい感嘆してゐたのは、書肆風の薔薇が「記号学的実践」と銘打って、とても部数が出そうもないジュネットを次々に訳して刊行しつづけたばかりでなく(筑波大学の花輪光さんがリーダーシップをとる研究翻訳チームの努力によるのだらうが)、そこにプロップの『昔話の形態学』を含む数多くの重要なナラトロジーのテクストを収録していったことである。
 ぼくは小さな出版社にはそれが茶房のやうであるといふただそれだけで、心が奪はれる。たしか風の薔薇は、雑誌「幻想と怪奇」や国書刊行会の『世界幻想文学大系』の編集をしていた鈴木宏さんが創設した版元である。ボルヘス(552夜)、シュタイナー(33夜)、バフチンなどを刊行していた。ぼくはいっときピエール・クロスフスキー(395夜)の『ディアーナの水浴』やマレーヴィチ(471夜)の『零の形態』を入手して、その瀟洒な本づくりを慈しんだおぼへがある。アーダベルト・シュティフター(604夜)の気になる『ヴィティコー』全3巻も刊行してくれているけれど(よくぞシュティフターに着眼してくれた)、こちらはまだ入手していない。その書肆風の薔薇がどの程度の規模の版元かは知らないのだが、この勇気と負担を一手に引き受けたこと、まことに頭がさがったものだった。
 けれども各巻の奥付を見ていくと、最初のうちは発行元が書肆風の薔薇で、発売元が星雲社になっていたのが、途中から発売元が白馬書房となり、ときに書肆風の薔薇は編集元といふやうに役割表示を変へていたこと、いささか苦労が偲ばれて気になっていた。その後、ウェブのHPで知ったのだが、この版元は白馬書房と合体(業務提携?)して、水声社というふうになった。
 ちなみにこの「記号的実践」といふシリーズはすべてが中山銀士君の装幀で、銀士君らしくカバーが銀色になってゐる。彼は大昔は工作舎にいて、ぼくが住んでゐた渋谷のブロックハウスにもよく遊びにきたものだ。

 ジュネットの研究は、一方から見れば物語の秘密の探求である。だからナラトロジーなのだが、他方から見ればテクストの継続性や有縁性を通して、そこに新たな関係や超関係を発見することだった。そのことを先に言っておいたほうがわかりやすいだらうからちょっと案内しておくが、ジュネットはそもそもテクストには、次の5つの関連性が閉ぢたり開いたりしてゐると考へた。
 ①相互テクスト性(intertextualite)、②パラテクスト性(paratextualite)、③メタテクスト性(metatextualite)、④イペルテクスト性(hypertextualite)、そして⑤アルシテクスト性(architextualite)。
 フランス語ではわかりにくいかもしれないので、老婆心で英語っぽく言っておくと、これらは①インターテクスト性、②パラテクスト性、③メタテクスト性、④ハイパーテクスト性、⑤アーキテクスト性、というふうになる。これだけでもなんとなく概要がつかめるにちがいない。

 ①の「相互テクスト性」はジュリア・クリステヴァ(1028夜)の捉え方とほぼ同じだから、説明はいらないだらう。例のインタテクスチュアリティ(間テキスト性)である。あるテクストの内部に出入りする別のテクストの介在性のことだ。狭義には、そこに「逐語的な介在性」といふことがつく。
 ②の「パラテクスト性」は、広くとればそのテクストに並列しているかもしれない実際の、または仮想的なテクスト性のすべてをさしていることになるだらうが、ジュネットはもう少し限定を加ヘてゐる。題名、副題、章題、序文、まえがき、目次、あとがき、エピグラフ、注などがパラテクストなのだ。この見方はぼくのやうに書物を編集構造的に見る者にとっては、はなはだわかりやすい。いや、いや、かうでなければなるまい。まさにこのように一冊の書物を題名や目次を引率して読むことこそ、ぼくの編集的読書論なのである。
 このパラテクスト性には、ジュネットが長年重視してきた「模倣の関係」や「変形の関係」といふ、意味の動向にとってきはめて重要な作用が強く反映してゐる。
 ③の「メタテクスト性」は、だいたいは見当がつくだらうが、そのテクストの背景や下敷きとしてそれを包含しているはずの超テクスト的なるものの関与のことをいふ。ただしこの用語はイェルムスレウやバルトもよく使ったので、ジュネットは「ある注釈をその注釈の対象としてのテクストに結びつける超テクスト的関係」というやうに限定した。編集工学ふうにいへば、言ひ換えや着替えのなかにメタテクスト性が動くといふことだ。
 ④のイペルテクスト性、すなわち「ハイパーテクスト性」は、今日のIT的な意味でのハイパーテキスト(テッド・ネルソン風のもの)とはちょっと違ってゐる。模作(パスティッシュ)やパロディに紛れこむテキスト性が、つまりはアナロギア・ミメーシス・パロディアが、そのテキストを浮かせたり沈ませたりしている関係がほかならぬハイパーテクスト性なのだ。ただ、このあたり、もう少しいろいろな捉へ方があるので、あとでまとめる。
 ⑤のアルシテクスト性(原テクスト性)、つまり「アーキテクスト性」については『アルシテクスト序説』といふ短いもののなかなか含みのある著作があって、詳しいことを言ふとキリがないのだが、花輪光がうまく集約してくれたことに乗って言へば、「それぞれのテクストを、それが帰属するさまざまな言説のタイプに結びつける包括的な関係」といふことになる。まあ、テクストにひそむアーキタイプをまさぐって読むといふことになる。
 以上の5つの超越テクスト性が絡まって、また出入りして、つねに任意のテクストを支へてきたわけである。これはあきらかに「テクストはずっと生きている」「テクストは運動しつづけている」、ぼくの言ひ方なら「テクストは編集しつづけている」といふやうなことを告げている。そして、この超テクスト性の空をゆらゆらと白い蝶のやうに飛びながら、フィギュールがはためくといふわけなのである。

 言葉や記号や意味といふものは、つねになんらかの恣意性をもっていて、言葉やテクストはその恣意性から逃れられないし、だからこそ言葉もテクストもその恣意的多様性を発揮する。では、その恣意的多様性はそもそもどこに発してゐるのかといへば、言葉が連続したり転移しているとき、そこに舞々する蝶のひらひらのなかに隠しもってゐる。
 この言葉の進行が巧まずして隠しもっているひらひらが、本来のフィギュールの正体なのである。それゆえフィギュールの畑や大地はテクストだらうが、その行方は意味の空を舞ふ。フィギュールは決してぢっとしていないものなのだ。
 それでもフィギュールにも、出やすい場面とそうでもない場面がある。それをジュネットはテクスト性の重層性や連鎖性によって解読していったのだが、さて、さて、世阿弥(118夜)はそれを「体」とみなして、そこから「風姿」としてのフィギュールを見た。
 老体・女体・軍体などの「体」である。これをアーキタイプの三体として、その風姿を真似なさい。さうすればしだいに「めづらしき花」が見えてくる。さう、言った。これが世阿弥の舞といふテクストをめぐる解釈作法だった。

語りの入れ子構造を示した図
語りにはテクストの介在の跡が示される。構造の写しや模倣、
パロディアスな言い換えなど、様々な編集の痕跡が標示される。
そのように、面影(プロフィール)が動く。

 世阿弥もジュネットもどちらもフィギュールに接近するにはすぐれて妥当であるが、これを物語や文脈に限定して捉へるとなると、そこに「アヤ」の思想とでもいふものが必要になる。
 アヤは修辞とはかぎらない。甲骨金文の「文」であり、それゆえ姿態に刺青するスティグマから変じた特定プロフィールのことであり(つまりは文身)、そこからまたまた変じて文様にも模様にもなっていった「意味のタペストリー」そのものの総称だ。それを“アヤの一族”がどこでどのやうに織り成していたかどうかはともかくとして、さうやって仕上げられていった中国や日本やケルトやフランスのアヤの動向は、実はそのままテクストのなかにもアヤ語やアヤ文脈として転移して、ありとあらゆる文章を飾ってきたわけだった。
 かういふことをジュネットは、マラルメ(966夜)やプルースト(935夜)やチボーデやらを借りて、とことん追った。その執拗、呆れるほどに濃い。ときどき辟易となる。けれどもそこから滲み出してきたものは、パラテクストの上空を舞ふ蝶々フィギュールそのものなのである。それを言ひ換えてアヤといふ。あやし、あやしぶ、あやかし、あやふし、あやにく、あやかり、あやつる、のアヤである。
 とくに“あやかり”は「肖る」と綴るのだが、これ、まさにフィギュールやプロフィールのことを象(かたど)ってゐる。「風はやみ 峰のくす葉のともすれば あやかりやすき人の心か」(拾遺集)。

附記:ジェラール・ジュネットのシリーズ「叢書・記号学的実践」は次の通り。途中に映画論や神話論や言語論などが入る変則型になっている。欠番もある。1花輪光『詩の記号学のために』、2ジュネット『物語のディスクール』、3ジュネット『物語の詩学』、4浅沼圭司『映画のために』、6ジュネット『アルシテクスト序説』、7立川健二『力の思想家ソシュール』、8クリスチャン・メッツ『映画記号学の諸問題』、9ジュネット『フィギュール?』、10ウラジミール・プロップ『昔話の形態学』、11ジュネット『フィギュール?』、13ウェイン・ブース『フィクションの修辞学』、14ジュネット『ミモロジック』、15ジュネット『フィギュール?』、16アルジルダス・グレマス『意味について』、17フィリップ・ルジェンヌ『自伝契約』、18ジュネット『パランプセスト』、19シーモア・チャトマン『小説と映画の修辞学』、20ジュネット『スイユ』、21ジュネット『フィクションとディクション』、22シクロフスキー他『レーニンの言語』、23クリスチャン・メッツ『映画における意味作用に関する詩論』、24マリー=ロール・ライアン『可能世界・人工知能・物語理論』、25ジャン・スタロバンスキー『ソシュールのアナグラム』、26エレアザール・メレチンスキー『神話の詩学』。

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