モリス・バーマン
デカルトからベイトソンへ
国文社 1989
ISBN:4772001719
Morris Berman
The Reenchantment of the World 1981
[訳]柴田元幸
自我と物質の分裂。二分法の波及。
これをデカルトの罪とするなら、
長きにわたった合理科学の大半が
問われることになる。
それならベイトソンはどんな変更を迫ったのか。
隠喩的で、身体っぽくて、
内在多様で、ミメーシスな「意味」を
取り戻したいと言ったのだ。
けれども、それは世界の再魔術化ではないよねえ。

 いま、地球で破壊されているのは「環境」だけではない。実は「意味」が壊されている。意味が撤退し、そのぶん自己がしゃしゃり出た。いつからこのようなことがおこっていたかといえば、ヘルベルト・マルクーゼ(302夜)はアメリカでブルーカラーとホワイトカラーが確立したころではないかと言った。マルクーゼはそれを「一次元的人間」の出現と名付け、「物的生産の大半が技術に回収されるとき、一つの文化全体が変容を余儀なくされる」と書いた。
 いまや時代はさらに進んで、技術社会と官僚社会が融合し、「ハッピー・コンシャスネス」とは、自分と所有物が一体化することをさすようになった。こんな状況からはとうてい「意味」は生まれない。もはやそこには「ディケンズの社会」(407夜)はなく、「ベケットの社会」(1067夜)がぽっかり口をあけているにすぎない。こうした状況では大半の自己はR・D・レイン(245夜)のいう「ニセ自己」か「引き裂かれた自己」なのである。
 というような状況判断をざっとした前提にしながら、モリス・バーマンは本書の劈頭に「デカルト・パラダイム」に面と向かって抗議の狼煙をあげることを宣言した。しかし、それが「世界の再魔術化」であるとは、さてどういうことなのか。

 世界の真相や真理をさぐる方法として、「純粋理性」をこそ武器にすべきだという方針が確立したのは、17世紀のデカルトとベーコンの時代だった。デカルトは「内なる理性」(自己)の充実度を説き、ベーコンは「外なる経験」(実験)の重要度を説いた。
 この二つが抱き合って、近代科学のリアリティを検証し、その凱歌を言祝ぐ精神と法則が築かれた。そこでは、「なぜ動くか」よりも「どのように動くか」がもっぱら真相や真理の語り口になった。その語り口には強靭な思考法が充填された。「ものごとを知るには、それらを最小の単位に分けていきなさい」。
 これこそは天下晴れての二分法(ダイコトミー)の勝利であった。この思考法はまた、精神が思惟主体(res cogitans)であって、身体は外延体(res extensa)であるという、物心分離の原則を強力な副産物をのこした。内と外とは、精神と物質として、「ここ」と「そこ」として、また「自己」と「他者」として、分裂することになったのだ。しかしそのことによって、アイザック・ニュートンは科学の組織的統合力が自立しうることを築きえた。

 中世、世界観は地域や民族や部族や風土ごとに、それぞれ自立していた。デカルトやベーコンやニュートンから見れば、これは世界が閉じているということになるのだが、しかしそのぶん、その世界には内在的な意味がいっぱいつまっていた。それに、本当は開いていた。
 17世紀以降、急速に発達した合理科学的な世界観では、内在的な意味はひとえに自我や自己のほうで担当することになった。世界のリアリティは内在的な自己にはなく、すべて物質の運動のほうが引き受けた。そのかわり自我や自己には、「精神」や「意識」という特別のもの、すぐにその症状を指摘したくなるような正体不明なもの、そういうものが加わることになった。案の定、その正体不明なものはすぐに“精神病にかかりやすいもの”とみなされた。中世以前、そんなものはモノやコトと分かちがたく結びついていたはずなのに。

近代ヨーロッパ初期における経済的・科学的生活の新しい円環

 こうして近世近代、この状況にオスマン帝国の圧迫が加わると、ヨーロッパは技術革命と産業革命でイスラム勢力に対抗することになり、ついつい世界を規定しているのは近世近代が確立した合理科学と、それがもたらす技術革新と、そしてそれに軌を同じくして発達していった貨幣経済のルールであるということになった。
 ぼくと同じ歳のモリス・バーマンは、この貨幣資本主義と一体化した合理科学がつくりあげた世界観を警戒する。1970年代半ばすぎのことだったろう。ぼくからするとあまりにも警戒しすぎではあるが、コーネル大学でなまじ数学を専攻し、科学史で博士号などとったから、そういうことになるのだろう。

 近現代社会の特徴は、すべての価値観を「量」にできると豪語するところにある。これに対して中世までの世界では、「質」がさまざまな部分に染み出していた。詩人のジョン・ダンやブレーズ・パスカル(762夜)ウィリアム・ブレイク(742夜)までは、そのへんのことはよくわかっていた。
 けれども、魔術が科学におきかえられてしまってからは(錬金術が化学になって以降は)、「量」と「質」とはまるで敵対関係のようになった。かつてマックス・ウェーバーはその歴史的光景を「世界の魔法が解けていく」と描写した。バーマンはそのあたりのことも本書で詳しく書いているが、このくだりについては、たとえばパウロ・ロッシの『魔術から科学へ』(サイマル出版会)などの焼き直しに近い(ちなみにこの本は1235夜に紹介したバーバラ・スタフォードなども大いに依拠していた)。
 ただバーマンは、この魔術から科学への変容によって「ミメーシス」という世界観もがたがたと解体していったことを強調していて、そこが本書の重要な指摘になっている(本書ではミメーシスは「一体化」と訳されている)。

銀から金を抽出するところ
『冶金術論』(1556)より

 ミメーシスとは何かというと、語り手に聞き手が身を寄せるということである。すべての知識を、身体的に、演劇的に、感応的に解釈するということである。
 実際にもプラトン(799夜)はそのような意味でのみミメーシスという用語を使っていた。いまではたんなる模倣のことだと誤って使われているが、これは今日の使い方が完全にまちがっている。
 このミメーシスを取り戻すことをバーマンは考えつづけた。そして最終的にはグレゴリー・ベイトソンの『精神の生態学』(446夜)に行きついたのであるが、そこへ行くまでが苦労の連続だった。なぜなら、そこには“いわゆるオカルト学”が手を替え品を変えて待ち伏せしていたからだ。グノーシス、ヘルメス学、拡張アグリッパ、延長パラケルスス、ボヘミア主義、近代カバラ、シュタイナー(33夜)、ライヒ、カスタネダ(420夜)‥‥。
 このうちの“いわゆるオカルト学”の前期派ともいうべき成果については、ユング(830夜)イエイツ(417夜)はむろん、フーコー(545夜)さえもが格別の評価を与えたもので、それゆえひょっとすると、デカルトに対抗したのはオカルト学たちだったとすら実感されかねないものだった。たとえばフーコーは「占いは知の体系と張り合うものではなく、知の本体に組み込まれたものである」と言ったのだ。
 おまけに、これは本書が興味深く探求していたことだが、プロテスタンティズムや近代革命思想がいっときオカルト学のいいところをミメティックに吸収してその訴求力をたくみに提示していったことなどもあわせて考えていくと、二分法をうまく回避したのはオカルト学が媒介的に役割をはたしたからだとも、ついつい見えてくるのである。

ロバート・フラッドによるプトレマイオス宇宙(1619)
二十二個のヘブライ文字がそれぞれ、異なった
「霊知」を表している

 というわけで、バーマンは一挙に「デカルトからベイトソンヘ」というふうに転換したわけではなかったのだが、そしておそらくはニューエイジ・サイエンスをあらかた渉猟したのだろうが、いったんベイトソンの視点に辿り着いてからは、今度はその視点や思想によって「世界は新たな再魔術化が可能ではないか」というふうな論旨に進んでいった。
 もっとも、この「再魔術化」という用語はくせもので、文字どおりの魔術化とは受け取れない。本書の原題が“The Reenchantment of the World”となっているように、re-enchantment、すなわち「新たに魅了する」ということが主題になっていると見たほうがいい。フランス語では「アンシャンテ!」(enchant)といえば、「うん、すっかり気にいった」と意味になるけれど、だいたいはそれに近くて、体ごと気にいった世界観をどのようにつくるかというのが、バーマンの言いたかったことなのである。それをベイトソンに学ぼうというのだ。

 ベイトソンがどのような思想を展開したかは、すでに446夜にもそこそこ書いたことなので繰り返さない。ごくわかりやすくいうのなら、ベイトソンは、次のような世界観を提示した。〈〉の中がデカルト的な世界観である。

① 事実と価値とは分けられない。〈事実は科学が積み上げる〉
② 自然は人間との関係のなかで解釈される。〈自然は人間が外側から観察したものである〉
③ 物質・精神(意識)・身体は大いなるプロセスの別々の側面であろう。〈物質と精神(意識)は別々のものである〉
④ 理論はAにもBにも及んで進むべきである。〈理論はAかBかを選択しながら構築されるべきものである〉
⑤ 科学は関係を記述するべきである。〈科学は物質の運動に関する記述を確立すべきである〉
⑥ 全体は部分とは異なる特性をもつ。〈全体は部分の特性によって説明できる〉

 これはあえてデカルト的世界観と比較したベイトソン的世界観なので、かなりの誇張があるけれど、だいたいはこういうものだろう。
 もうひとつ加えるとすれば、ベイトソンは科学的世界観にも「見方」や「感じ」(feel)が積極的に組み込まれるべきであって、そのためには精神や意識を進化のプロセスやシステムの途中から切り離してはならないという考え方をとった。これについても、ベイトソンが父親の生物学者ウィリアムの影響を継承したことを含めて、446夜で説明しておいた。

 ところでバーマンは、現代の社会がこのようなベイトソン的世界観をもつためには、その他の役に立ちそうないくつかの応援隊も繰り出している。
 その一つは、マイケル・ポランニー(1042夜)の「暗黙知」への着目だ。すなわち取り出しにくい知への着目だ。ただし、これは「無意識のはたらきに注目せよ」というのではない。それではフロイト(895夜)にとどっている。また、「直観を無視するな」というのでもない。それでは仏教的アーラヤ識の一知半解にとどまる。そうではなくて、知識の本来の基盤には「気がつかない知」というものがもともと組みこまれているということだ。そのためにはあらゆる知を探索し、高速で航行したほうがいいということなのである。このことについても1042夜で詳しく解説しておいたので、ここでは屋上に屋根を重ねない。
 二つ目は、レヴィ=ストロース(317夜)が重視した「野生の思考」のようなものを、現代人だってその見方と感情を含めてもつべきだろうということだ。もっともこれも、たんに「野生に戻れ」というのではない。西洋的な合理では説明できない知識や認識や感情というものを捨てるな、それを既存の理屈で説明するな、そのサブマインドは身体に絡みついているのだから、その身体を合理的トレーニングに向けるなということなのだ。イサドラ・ダンカンがとっくに言っていた、「体の奥が踊るのよ」。

 三つ目の応援隊には、いろいろのヒントの提供者がまじっている。たとえばウィリアム・ライヒのオルゴン・エネルギー説であり、ジュリアン・ジェインズのバイキャメルラル・マインド論である。あるいはロバート・ブライのグレートマザー感覚の重視や仏教的な因果律の大切さといったものだ。
 こうしてバーマンが最後に提案するのは、ちょっと意外かもしれないが、「意識の政治」の確立というものなのだった。そこには、国民国家(ネーション・ステート)への批判、できるだけ小さな地域単位の活動性の向上、政治におけるパラノイアの揚棄、生態系との共存といった項目が並んでいるのだが、いまではこれらのアジェンダがそれ自体で雄弁でありうることはないのかもしれない。いささか手垢にまみれてもいよう。
 むしろぼくとしては、それを「意識の政治」と名付けたいのなら、安全や安心をばらまくのが政治なのではなく、不安の解消を「新たな意味の誕生」によって充当したほうがいい、と言いたいところだ。
 というふうに書いてきてみて、これでは本書を紹介することもなかったかなと思えてきたのだが、いや、本書はやはりエポックメーキングな一冊だったのである。なにしろこれだけきわどいコース(「世界の再魔術化」のコース)を走り抜けて、しかもデカルト的世界観に対抗するに、断乎、ベイトソン的世界観一丁をもって立ち向かったのは、当時は本書が輝かしき嚆矢であったからである。
 なお、ここでは案内を省いてしまったのだが、ニュートンがこの「世界の再魔術化」においてどんな役割をはたしかということについては、本書はすこぶる意味深長な言及をしているので、そこを読むにも本書を入手することを奨めておきたい。では、あとは表沙汰で!

ウィリアム・ブレイク『ニュートン』(1795)

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