ジークフリート・クラカウアー
カリガリからヒトラーへ
みすず書房 1970
ISBN:4622015625
Siegfried Kracauer
From CaliGari To Hitler 1947
[訳]丸尾定

 1919年から1933年までのあいだに、ヨーロッパは一変する。第一次世界大戦の終了直後からの約30年間である。まさにトーマス・マンオスヴァルト・シュペングラーが予告した通りだった。日本も同じことである。1931年の満州事変と1933年の国際連盟脱退で、世界と歩みを異にした異胎の国になった。
 ドイツでは世界とはドイツのことだった。ドイツが拡張しつづけることが世界だった。満州帝国をつくった日本も実は世界から離脱したとは思っていない。日本はアジア大になると思っていた。しかし、これらの妄想はことごとく潰えた。いったいいつからこんなことが兆したのか。

 1919年、ドイツに二つの事件がおこる。
 ひとつは義勇団将校たちがローザ・ルクセンブルクとカール・リープクネヒトを殺害したことである。レーニンが希望を託したドイツ革命の狼煙をあげるはずだったスパルタクス団がこうして消滅した。もうひとつは、ロベルト・ヴィーネによる『カリガリ博士』が封切られた。表現主義を代表する映画だ。
 この映画はハンス・ヤノウィッツとカルー・マイヤーが共同執筆したシナリオの段階では、まことに革命的な物語になっていた。オランダ国境に近いホルステンヴァルという架空の町に、回転木馬や見世物と定期市がやってきて、そのひとつにカリガリ博士の演出によって夢遊病者ツェザーレが未来についての質問に答える小屋があったという設定である。そこに殺人事件がおこり、複数の犯人候補があがり、事態は混乱するなかで精神病院の院長とカリガリ博士が同一人物だったことが発覚するというふうに進む。
 革命的だったというのは、映画ではそれが逆転してしまったことをいう。オリジナル・シナリオではまさにニーチェさながら、一切の権威を狂気として暴くというテーマが貫かれていたのが、ヴィーネがこれを変更して狂気の反対者を陥れ、権威を擁護する映画にしてしまったのである。しかし、これがその後のドイツを暗示した。

映画『カリガリ博士』より
カリガリ博士と夢遊病者ツェザーレ

 映画としての『カリガリ博士』は世界中で大当たりした。その要因の最大のものはアルフレート・クビーンによる表現主義の怪奇的幻想的な美術によっている。大当たりして何がおこったか。ドイツ人たちは製作会社デクラがつくった「あなたはカリガリにならなければならない」というコピーのついた宣伝ポスターとともに、一斉にカリガリ化していった。
 ローザ・ルクセンブルクとリープクネヒトの死によるドイツ革命の挫折とヴィーネの『カリガリ博士』のシナリオ変更は、まさに1919年のあとに何がおこるかということを予兆させたのである。

 そう勘違いされる向きもあろうかとは思うが、本書はヒトラーやナチズムについての本ではない。1920年代に世界を席巻したドイツ映画についての名著である。
 だから、本書における『カリガリ博士』のあとのドイツの歴史はもっぱら、F・ムルナウのドラキュラ映画『ノスフェラトゥ』やA・ゲルラッハのスタンダール原作映画『ヴァニーナ』や、大当たりしたフリッツ・ラングの『ドクトル・マブセ』や『死滅の谷』や『ニーベルンゲン』などの怪奇映画や幻想映画をめぐって、そのまま1930年のジョセフ・スタンバーグのマレーネ・ディートリッヒ主演『嘆きの天使』のサディスティックな暗澹に突入していくように仕立てている。
 仕立てはまことによい。完璧な背広のようだ。映画フリークならこの洋服に"はまって"、どこへ行くにもこれを着ていたくなること請け合いだ。この時期のドイツ映画については、本書のほかに有名なグレゴリー・ベイトソンの『大衆プロパガンダ映画の誕生』をはじめ、クルト・リースの『ドイツ映画の偉大な時代』、クルト・トゥホルスキーの『ドイツ・世界に冠たるドイツ』といった重要な著作がずらりと控えているのだが、本書の価値はそれらと比較していささかもゆるがない。
 その理由ははっきりしている。本書はなぜドイツ人が「プロパガンダ」の手法を発見し、それをワイマール文化の象徴とし、さらには数々の傑作映画になしえたのかということを、映画の手法のみを使って暗示したからだ。いまはともかく、本書が戦後すぐに著されたことを勘定に入れると、こういう分析はすこぶるめずらしい。

 あの時代、ドイツ人が魂を問題にしていたことはあきらかである。ロベルト・ヴィーネだけについて言ってみても、『カリガリ博士』以外のいくつもの作品、たとえば『ユダヤ人の王ナザレのイエス』も、ドイツ人の魂の行方とその落着を告げようとしていた。
 このことがすぐさまヒトラーのナチズムの利用に向かったとは、思わないほうがいい。そもそもヒトラーが政権に近づけるのは、本書の守備範囲の1933年の直前までは脈がなかったのである。1929年のニューヨークに始まった世界大恐慌は、ドイツに手ひどいマルク暴落をもたらしたけれど、そして1930年9月の総選挙はナチ党の勝利を示した最初の圧倒的凱歌ではあったけれど、それでも1930年の国会では、ナチは政権には遠かった。ヒトラーは究極の勝利を収める直前に、重大な挫折を強いられたのだ。もしも社会民主党が国民からそっぽをむかれる打撃をうけなかったら、ヒトラーが政権を手に入れたかどうかは疑問なのである。
 それにもかかわらず、ドイツ映画とヒトラーのプロパガンダとは、もっと見えない事態の進捗のころから、何かの軌を一にして、同じ行進曲を奏でていたのだ。仮にその様相が怪奇劇や幻想劇や恋愛劇の衣裳を着ていたにしても、ドイツでは別々のことでなく、同じことが進行していたのだ。なぜ、そうだったのか。

 ドイツ人の魂は、それがユダヤ人であろうとゲルマン人(アーリア人)であろうと、叙事詩を好む。とりわけ偉大な叙事詩を好む。途中に挫折があっても病気があってもかまわない。ひたすら主人公を中心とする登場人物たちが目的に向かって進行していくことがすきなのだ。象徴的には『ニーベルンゲンの指輪』やゲーテが提示したファウスト的魂の叙事詩を思えばよい。この魂の遍歴を物語る叙事詩には、メルヘンを体質とするボヘミア人も必ず目を細めて聞き入るという。
 結論からいえば、ナチの戦意高揚のためのプロパガンダはすべて叙事詩になっている。それ以外のどんなドラマトゥルギーもない。その最たるものはローゼンバーグの第三帝国の神話であるけれど、それだけでなく、どんなヒトラーの演説原稿にも、どんな宣伝映画にも、どんな戦闘記録のフィルムにも、叙事詩が貫かれた。
 しかし大衆にとっては、それだけで満足があるのではない。叙事詩は叙事詩らしい舞台の大きさが必要であり、それにふさわしい衣裳がなくてはならず、それにふさわしい制服がなければならない。それらが伴って初めて、みすぼらしい者たちが際立ち、貧しい者たちが物語の舞台に見えてくる。それには、そのようなことを見せる「絶対の演出」が必要である。
 世界に冠たるドイツ映画とは、まさにその舞台を、その衣裳を、その制服を、貧しい者を、輝く者を、それらが渾然一体となって動いていくことを見せた。そこに音楽が鳴り、光が闇になり、闇から一条の光が出現することを見せたのである。
 いいかえれば、万事万端はすでにヒトラーの登場以前に準備されていた。それをむろんウーファ映画社が使っても、小説家が使っても、誰が使ってもかまわなかったのだが、それをすべて使いきって、それを帽子に、それを制服に、それを演説に、それを舞台に、それを建築に、それを軍隊に、それをそして戦争にしてみせていったのが、ヒトラーだったのである。三島由紀夫が「楯の会」をつくり、『わが友ヒットラー』を書きたかったというのは、ここだった。

 ビスマルクは「熱狂は鰊(にしん)のように塩漬けにして保存できない」という名言を吐いた。そして、その名言通りに熱狂を塩漬けにできずに、舞台から去った。
 逆にヒトラーは熱狂をつねに連写することができた。ヒトラーは国民の感情と戦争の美学と少年少女の夢を現実の映画にしてしまったのである。誰もが知るところだ。しかしそのかわり、それによってすべての現実が消滅し、逃散していったことは十分には知られていない。ヒトラーが政権をとった1933年1月はそれを祝う提灯行列がベルリンを埋めつくしたのだが、その瞬間、現実のベルリンは消滅してしまったのだ。戦場のピアニストであったアルテュール・シュナーベルはベートーベンのピアノ・ソナタの連続演奏中に突然、放送を打ち切られたのである。アルベルト・ブレヒトはデンマークに逃げ、クルト・ヴァイルとフリッツ・ラングはパリへ去ったのだ。アインシュタインはオランダに、グロピウスはロンドンに姿を消したのだ。ベルリンに残っているのは、ヒトラーを信奉する映画作家と芸術家と、そしてどこにも行けないユダヤ人だけになったのだ。

附記¶20世紀の最初の30年間のドイツ映画を見ることは、なによりも歴史にネジとドライバーを差しこむことである。本文中にも書いたように、ベイトソンの『大衆プロパガンダ映画の誕生』(お茶の水書房)をはじめ、リース『ドイツ映画の偉大な時代』(フィルム・アート社)、トゥホルスキー『世界に冠たるドイツ』(ありな書房)など、いずれも読ませる。加うるに、映画だけではないドイツの1920年代を中心にその特質を解剖してみせた本となると、平井正の大著『ベルリン』3部作(せりか書房)、オットー・フリードリクの『洪水の前』(新書館)、長澤均とパピエ・コレの『倒錯の都市ベルリン』(大陸書房)など、好著はいくらでもある。これらを読むと、ベルリンの苛烈な燃焼と突然の消滅とがまさに映画のように見えてくる。ナチスのプロパガンダについては、草森紳一の『ナチス・プロパガンダ 絶対の宣伝』(番町書房)という決定版がある。4冊まで刊行されていた。なお本書は平井正の翻訳による『カリガリからヒトラーまで』(せりか書房)もある。

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