川崎和男
デザイナーは喧嘩師であれ
アスキー 1999
ISBN:4756130895

 ぼくは川崎和男に惚れている。理由はいろいろあるが、おっつけわかるだろう。ここでは本書と、ごく最近に出版された『デザインは言語道断!』(アスキー)を材料にして、川崎和男のどこに惚れたのかを案内する。
 1985年ころ、ぼくがアップルのパソコンと出会った直後から川崎の名は聞こえていた。日本人でアップル社の仕事をしている男がいるらしいという噂だった。やがてそれがインダストリアルデザイナーらしいということが聞こえてきた。ぼくはMACのシステム感覚は日本人の思考癖にはあっていると見ていたので、そのシステムの外装に日本人の一人がかかわっていることに好感をもった。
 その後、ジョン・スカリー(当時のアップル社会長)が招いた箱根のコンファランスで、川崎本人と出会った。静かな印象であったが、鋭くも凄い発言をしていた。車椅子に乗っていた。
 あるとき、仏壇のデザインを仏具協会から頼まれたとき、「マインドギア」という名のもとにデザイナーを選んだ。内田繁や喜多俊之やアラン・チャンや坂井直樹とともに、川崎和男にも依頼した。悦んで引き受けてくれた。川崎のマインドギアは仏壇のコンセプトとイメージを根本から覆すものだった。
 その後、出会う機会は少なかったのだが、ぼくのアタマから川崎和男の存在が遠のいたことはない(一昨年、積水化学の「六翔塾」に呼んだのが久々の再会だった)。日本で一番気になるデザイナーの一人なのである。
 しかし、川崎に惚れているのは、そのデザインワークだけではなくて、その思想やその姿勢や、その社会とのかかわりや、とりわけ日本とのかかわりにある。ぼくは日本人たる川崎和男に惚れている。

 最初に川崎と松岡の共通項に触れておく。デザイナーとエディターという立場のちがい、工業と書物という対象のちがいはあるが、かなりの共通点がある。
 わかりやすいところからいうと、たとえば二人ともグリコのおまけに目がない。二人とも恋愛を超えるヴァーチャルゲームなんてありえないと思っている。二人とも「不易」と「流行」のあいだに日本文化とデザインがあると思っている。二人ともB型だ。
 また二人ともメディア社会には404の病気があって、その大半がシンタックスエラーというよりもコンフィギュレーションエラーに原因があると思っている。二人とも「紙墨相発」が好きである。紙と墨が互いに発して一服の書画になるという意味だ。
 それから、二人とも「容姿端麗」が大好きだ。花伝書を生きる気がない連中は、男も女も、そういう奴は嫌いなのである。これを正確にいえば「姿勢」という言葉になる。「姿の勢い」がないなんて、デザイナーもエディターも、ビジネスマンもキャリアウーマンも、学生もおばさんも、お呼びじゃない。ついでにいえば、川崎もぼくもニューハーフが大好きだ。ただし美しくなけりゃ、いけない。

 もう少し共通点をあげておく。たとえば二人とも白川静にぞっこんである。互いに漢字が好きなのだ。
 ぼくが漢字や言葉を重視するのは職能上も当然だろうが、川崎も漢字や言葉を大切にしつづけている。本書も「器量相発」「知延常楽」「収集数寄」といった四句熟語をそれぞれのエッセイに冠して書いているし、次著の『デザインは言語道断!』にも「旨趣」「奇特」「界面」「錯落」といった二字熟語が並ぶ。
 川崎が、「デザイナーは言葉を駆使できなければデザイナーではない」と断言しているのも、気持ちよい。一般には言葉に頼るデザイナーは軽視されているのだが、これは日本のアート・デザイン病がもたらした恐るべき症状であって、言葉とデザインは本質を同じうするものなのである。そこを川崎はずばっと説いてきた。
 加うるに、実は二人とも道元にもぞっこんなのである。川崎は『正法眼蔵』の現代語訳を座右においている。そもそも不立文字・以心伝心とはいえ、禅が言語を重視してきたことは有名で、とくに道元においては中国語を歪めてまでも日本語にこだわった。だいたい言語道断は禅林でこそ加速する。川崎のデザインは現代社会に禅林をつくることなのだ。

 二人とも超多忙で、激務が好きなのも似ている。体の酷使こそ発想の源泉なのである。ただし、お互いに最近は頓に、このモットーがしだいに萎えてきた。体がガタガタになっている。
 体はガタガタではあるが、二人ともあいかわらず喧嘩は辞さない。本書のタイトルは『デザイナーは喧嘩師であれ』なのだから、川崎が喧嘩を身上(信条)としていることは明々白々だが、ぼくも喧嘩を避ける気はない。いったい世の中のコンフリクトを狙撃できなくて、何が「生きる」ということか。
 喧嘩だけではない。罵声についても哲学がある。川崎のスタッフが腑抜けをしたときのことだ。川崎は3弾連発をやるそうだ。①まずは忠告する。②反応が悪いと、次に激怒する。③それで辞めていくというなら、餞(はなむけ)に罵声を浴びせる。
 辞めていく者にタイミングよく痛罵を浴びせるというのは、なかなかできるものじゃない。しかし、これはぼくにもずっとあった罵倒哲学だったのである。川崎の気持ちはよくわかる(ぼくの場合は、最近になってこれをしなくなってから組織が緩んでしまったようだ)。

 一方、松岡には乏しくて、川崎に特有のことも、いっぱいある。
 たとえば倉俣コンプレックス。これはデザイナーとしてはむしろ誇りとすべきコンプレックスで、このコンプレックスがわからないデザイナーは当分はアホだと思ってもいいのだから、ぼくからすると羨ましいかぎりでもある。川崎はその倉俣史朗についての思索を「AXIS」に『夢の形見に』として連載しつづけた。
 またたとえば、大学に寄せる情熱もぼくとは格段にちがう。川崎は新設された名古屋市立大学の芸術工学部で、ほとんど犠牲的ともいうべき学生指導に当たっている。学生に「川崎和男に教わっているというのはとても危険な賭けだ」と思われているらしいのは、ぼくにも共通することで、ここまでは同じなのだが、その投与されたエネルギーとカリキュラムと情熱が格段なのだ。
 こんな大学人を見たのは、この10年で初めてだ。ほとんどパウル・クレーやモホリ・ナジ。日本の大学は川崎の存在にこぞって敬意を払うべきである。ほんとうは学生が感謝すべきなのではあるが、学生が大学教授に感謝できるなんてことは稀有のことだろうから、これは当分、あきらめたほうがいい。ぼくは1年間に3人の学生がそれがわかればいいほうだろうと思っている。

 川崎は受賞歴も華麗である。毎日デザイン賞を嚆矢に、ほぼ毎年、何かのデザイン賞を受けてきた。ぼくは日本文化デザイン賞と斎藤緑雨賞だけ。
 メルセデス・ベンツSLK230に乗っているのも、ぼくには手が届かない。ぼくは免許証をもっていないだけでなく、いまはホンダのアコード、その前は15年近くがレジェンドである。それもスタッフに乗せてもらうだけ。そもそもぼくには車を自分で感じるということが根本的に欠けている。川崎は車だけでなく、あらゆる工業製品を体でも心でも感得できている
 川崎は指輪やブレスレットが好きらしいが、ぼくはまったくつけない。けれども川崎の3本の指にある指輪を見て、これは美しいと思った。ぼくはカフスボタンもネクタイも嫌いなのだ。
 また、犬を飼っているのは共通しているが、川崎は日本犬(柴犬)しか飼わないらしい。「彩」(かざり)と「祭」(まつり)という名だ。ぼくのほうは十数年、甲斐犬(おもちゃ)とシーズー(りぼん)だったが、いまは死んでいない。最近は大小の野良猫4匹(中黒・佐助・小麦など)が棲みついている。
 まだまだいろいろあるが、もうひとつだけ、お母さんが40代で早逝されたこともあげておく。川崎のお母さんは川崎自身なのである。ぼくの母は数年前に死んだけれど、ぼくというより、わが年長のベアトリーチェだった。

 しかしなんといっても、ぼくには想像がつかないほどの川崎に特有の体験は、28歳のときに交通事故にあい、その後はずっと車椅子生活を余儀なくされていることだろう。脊髄損傷だった。
 この体験は決定的なのだろうとおもう。そう、思わざるをえない。ぼくも自動車事故に遭って肋骨を折ったけれど、また、胆嚢摘出で腹筋をタテ20センチ近く切断されてしまったけれど、こんなこととは比にならない。
 しかも驚くべきは、川崎はこの事故と手術をきっかけに、自分の体内に埋めこまれたボルトナットのデザインが気にくわなくて、その改良に臨んだのだが、体内の臓器デザインや器具デザインは医療の知識がなければ挑めないと知って、ついに独力で医学博士号を取得してしまったことである。いまはこれがもっと進んで、いくつもの人工臓器の考案にとりくんでいる。
 先だってはステレオ・リソグラフィ(光造形システム)の応用による「クラインの壷」の試作を見せてもらったが、これは心臓のトポロジカル・デザインの実験ともいうべきもので、その計画の野心には舌を巻かされた。
 体に決定的な障害を負ったということが、川崎の新しいデザイン領域をつくったのではない。川崎の行く先に障害が待っていたことを川崎が乗り越えていったのである。このデザイン方位への意志があったからこそ、川崎はすばらしい車椅子をもプロダクトデザインした。いやこれはデザインというより“発明”や“発意”に、あるいはむしろ“決意”に近いものというべきだ。

 これで、ぼくが川崎和男に惚れている理由はあらかた伝わったかと思うけれど、追伸で、ごくわかりやすい例をお目にかけておく。

Wall Clock (1997)

Wall Clock (1997)

 ここに写真で掲げたのは、1997年に名古屋市立大学のためにプレゼンテーションされたウォール・クロックである。見ればすぐにわかるように、世界でたった一つの時計になっている。この大学の一日の授業に必要な時刻が厳選されて刻まれて、シンプルで完璧なデザインになっている。
 しかし、この時計がすぐれているのは、この世界でたった一つの時計デザインを見れば、誰もがこのデザインに似た時計を発案したくなるというところにある。
 すでに『遊学』(中公文庫)のアマデウス・ホフマンの項にも書いたことであるが、真の独自性とは「いかに真似されやすいか」ということにある。川崎和男はたった一つの時計でも(メガネでも、人工臓器でも、温度計でも)、このことを実証している。こういう男に惚れないでは、男は廃るのである。

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