ロジェ・カイヨワ
斜線
思索社 1978
Roger Caillois
Obliques 1975
[訳]中原好文

 邦訳には「方法としての対角線の科学」というサブタイトルが付いている。この方法は若くしてカイヨワが最も得意とした方法で、タテでもヨコでもなく、ナナメなのである。
 このナナメは事態や事物を観察している当初には見えない。ナナメはそこに想定されてきた規制のプロトコルに対して新たに発動された破線、補助線あるいはインターフェースであって、しかも一度限りのナナメではない。いくつかの対角線が交差して、そこからさらに浮上してくるナナメなのだ
 カイヨワのナナメは文化系と理科系を区別していない。そこを跨ぐためにナナメを発想したのでもない。文化系と理科系はもとより一緒くたになっていて、その一緒くたの景観をよぎる視線そのものがナナメなのである。そのようなナナメの錬磨は、カイヨワの最初の著作から始まっていた。

 カイヨワは24歳のときにカマキリの研究をした。その成果は『神話と人間』(1938)という本になったが、そこではカマキリのメスが交尾中にオスを食べてしまう習性を観察しながら、そこから「歯のはえた膣」や「毒をもつ処女」といった人間文化にのこる説話や神話に対角線をのばして、これらの類似性の考察をもって「対角線の科学」の最初の一歩を踏み出した
 つづいて『人間と聖なるもの』(1939)で、自分を破滅させることがあきらかであるような或るものを「聖なるもの」に作りあげてしまう人間文化の奇怪な習性に着目し、これを生物の擬態や活動に照らし合わせつつ、そこには「遊び」としかよびようのない動向があるのではないかと見た。これはルドルフ・オットーの「聖なるもの」の発見に匹敵するものだったが、そこに「遊び」を見いだしたのが、ナナメなところだった。
 この独自の見方を発展させたのが有名な『遊びと人間』(1958)である。「アゴン」(競いの遊び)、「アレア」(賭けの遊び)、「ミミクリ」(真似の遊び)、「イリンクス」(目眩いの遊び)という遊びの4分類は、カイヨワがこれらの底辺においたメタ遊戯概念としての「ルドゥスとパイディア」の両極設定とともに、いまなおこの水準を飛び出るものがない成果になっている。

 しかし、カイヨワが当初からこころがけたこのような「対角線の科学」に対して、これは動物や昆虫に人間化を迫り、人間文化に生物的現象をあてはめたにすぎないのではないかという批判が一部から浴びせられ、カイヨワを呆れさせた。
 つまりカイヨワは「アントロポモルフィスム」(擬人主義・神人同形同性説)に陥っているのではないかという批判だった。
 けれども、こんなことではへこたれないカイヨワはかえって奮起して、『メドゥーサと仲間たち』(1960)を書いた。ここでカイヨワが挑戦したのは自然淘汰説と生存競争説という壁である。カイヨワはこれを崩しにかかった。
 生物がなんであれ生存競争しかしていないというのはおかしい。生物にはむしろ人間の目や社会的な思考では解けない到達点というものがあって、これにくらべれば人間はむしろ不自由きわまりないものになっているのではないか。人間の特性は自由の行使にあるというが、たとえば蝶々の文様のように何万年もかけて同じ文様を踏襲する法則のようなものを、人間はいまだに作っていないではないか。文学におけるシュルレアリスムも、美術におけるアンフォルメルやアクションペインティングなども、鉱物や動物が自身の内外に造形したものにはとうてい及ばない。人間が今後も自由を選びたいというなら、その行為はもっとたどたどしく生きることを覚悟すべきではないか、そういう論旨だった。
 そのうえでカイヨワは昆虫の擬態を持ち出し、ここには自然淘汰説では説明できないものがある。むしろ自然淘汰説こそ自然の中の有用性にこだわった人間たちの「アントロポモルフィスム」が押し付けられていると反論し、返す刀で、古代ギリシア以来の「メドゥーサの神話」のまったく新しい解釈を披露してみせたのである。

 ここには、世界中でいろいろの仮面論を読むことができるのだが、それらとはおよそ異なる仮面と成人式の伝授をめぐる仮説がもりこまれていた。
 もはやカイヨワに文句をつける者はいなくなったが、カイヨワは止まらない。『自然と美学』(1962)や『幻想のさなかに』(1965)や『石が書く』(1966)の連打では、ついに「美」や「美意識」の欺瞞を暴くというほうへ流出した。宇宙から鉱物までの自然物を総動員させて、人間が何を美として感じてきたのかという無意識領域にひそむ動向をつかみだしたのである。
 いまでもよく憶えているが、ちょうど『自然と美学』を読みおえたらしい杉浦康平さんが、「いや、これでみんな言い切っているね。すごいよ、カイヨワは」と言っていたものだった。
 けれどもカイヨワはまだまだ驀進する。ぼくが感動したのはとりわけ『蛸』(1973)と『反対称』(1973)である。
 『蛸』は西洋の蛸と東洋の蛸をめぐる神話・説話・表現を列挙しながら、「想像の世界を支配する論理をさぐる」という目標で書かれていた。『反対称』は、自然界や生物界では少しずつ対称性の崩壊がおこっていて、ついには植物における蘭の花の反対称性の発現や(ランはもはや対称的な花の形をとりえない)、人間における前後対称性の喪失のように(ニンゲンはとっくに前後対称性を失って、いまや左右対称性すら崩しつつある)、その進行はしだいに地球上の細部、すなわち人間界にも及んでくるのではないかというもの、あっと目を洗われた。
 塚崎幹夫さんが訳した『反対称』の日本語版には特別メッセージがついていて、「熱力学の第二法則と生物の進化の法則、カルノーとダーウィンのあいだには矛盾が存在する。この書物はこの矛盾を解こうとするものである。私は反対称を、物理学の法則から生物を解放し、複雑にし、多様にした基本的原理と考えている。それゆえ反対称と無対称はこれをはっきり区別する必要がある。このような主張は、日本の文化において、特に強い共鳴をよびおこすことができるのではないかと、自分勝手な推理をしている」とあった。
 ぼくはこれを読んで、よし、いつかカイヨワに会いに行こうと決断したものだ。

カイヨワのサイン

カイヨワの直筆イラスト。『蛸』に。

 ここで体験談をはさんでおくと、ぼくがカイヨワに会いに行ったのは、『遊』第1期を終えるにあたって、「相似律」という特集の作業が半ば過ぎたときだった。初めての海外旅行だった。
 相似律というのは、ぼくが勝手に名付けた法則のようなもので、太陽のX線写真と鉱物の表面が酷似していたり、コロラド河の航空写真と脳のニューロン・ネットワークと電気の放電パターンが似ていたりするような、いわば“異種間相似関係”とでもいう証拠を徹底的に並べていくと、そこに相似律としかいいようのない「あらわれ」が見えてくるというものである。半年ほど狂ったように図版を集め、これを次々に似たものどうしに配列していくのは快感でもあった。植物繊維の拡大写真と皮膚病写真とアンリ・ミショーのドローイングがぴったり似ていたときなど、おしっこを漏らしそうだった。まあ、これについては第140夜のルネ・ユイグ『かたちと力』も読んで、ぼくの意図を探ってみてほしい。
 ともかくもぼくは「相似律」の全頁のコピーを旅行鞄につめこみ、勇躍、カイヨワの自宅を訪れたのだ。そこで最初に言われたのが、なんと「日本の平家蟹は元気ですか」というもので、この一言を聞いただけで、ああパリに来てよかったと思い、またおしっこを漏らしそうになった。カイヨワは『平家物語』も歌舞伎の『平家蟹』も、そして日本の平家カニも、さらにはカニのしゃぶしゃぶについても研究済みだったのである。
 それにしてもカイヨワが一日目も翌日も、怪獣のような酒気を帯びていたこと、それにもかかわらず明晰な推理を次々に繰り出してくることには、驚いた。誰かに似ていると思ったのだが、すぐにそれが稲垣足穂であることに気がついた。そしてその数日後、日本からのの電話で稲垣足穂が亡くなったことを知らされたのである。

 話を戻して「対角線の科学」である。カイヨワは『反対称』によってジャック・モノーに反撃を加えてもいた。
 モノーは『偶然と必然』において、生物学の法則が熱力学の第二法則を侵害している証拠はまったくないと書いていた。一見すると、高度情報分子が構造的に転写され、さらに増殖していくのは、第二法則に矛盾しているように見えるのだが、それはタンパク質の立体特異性にむすびついた情報化学のせいであって、この情報化学のプロセスでは第二法則にもとづく熱力学的対価を生物は何の狂いもなくちゃんと支払っているというのである。ただしモノーはそう言いながらも、タンパク質の情報プログラムを作るアミノ酸の配列順序の決定は偶然によるもので、その偶然が種の特性を決めているのであって、そこには量子レベルでは突然変異による変化があっても、それらは生物の全体の保存機構によって帳尻をあわしているので、生物全体においては自然淘汰は必然の不可逆過程にほかならないと説いた。
 しかしカイヨワは、これに疑問をもった。どこかに重要な対角線やナナメが欠けていると見た。
 そのひとつが、「形成」ではなく「破壊や崩壊」に目をむけることだった。すなわち、量子的な突然変異は必ずしも偶然の産物なのではなく、そこに対称性の崩れという必然が関与しているのではないかと予想したのだった。

 これは驚くべき仮説である。
 そもそも「対称」とは均質性や等方性をもったシステムが安定を獲得したときにあらわれる属性であるが、ここに何かのきっかけでごくごく部分的な破壊がおこったときは、その破壊をうけたシステムは新たな特性を獲得して、そのシステムの別の安定のレベルに達しようとする。
 これは無対称のシステムが安定を取り戻そうとする動向とは異なるもので、熱力学でいえばむしろ負のエントロピーに向かっている動向だと考えられる。カイヨワはこのような見方に立って、生物と情報とシステムの新たな解読の方法を模索した
 今日ならば、プリゴジンの非平衡系の熱力学やホランドの複雑系の化学によって説明のつくことも、まだ創発性や相転移の科学が見えなかった時期に、これだけの仮説を独自に雄弁に語るということは稀有なことだった。
 しかし、カイヨワはカマキリや蛸の観察このかた、このような仮説こそが得意だったのだ。

 こうして「対角線の科学」の到達点として、本書『斜線』(1975)が登場するのである。ナナメの乱舞である。ただし、これは原著でいうと『イメージ・イメージ』の後半部分であって、前半部分は日本語訳の本では『イメージと人間』になっている。思索社が大冊を2冊に分離し、表題と訳者を変えて出版したためだった。
 併せて読むとすぐわかるように、内容は変化に富みながらも一貫している。最初はファンタジー文学やSFから入って、そこに出てくる幽霊やデーモンや怪物のイメージの出所を尋ねる。そこから夢や幻覚に出没する奇形のイメージの問題を扱い、そのようなイメージの鋳型こそがあたかも「ピュロス王の瑪瑙」のように、多くの知識に幻想係数をあたえたのだろうという展望を出す。ここではプリニウスからアタナシウス・キルヒャーさえもが、いいかげんな想像力を行使している例として俎上に乗っていく。
 後半では、美術館の神像や仏像をなぜ人々は拝まないのか、「月の石」など鉱物成分的にはどうということもないのに、なぜ人々はそこからあらぬ想像力をはたらかせるのか、地獄のイメージはなぜ民族をこえる同質性をもっているのかという問いが発せられ、それまでの議論にわれわれもたちまち巻き込まれることになる。
 こうしてカイヨワは、ラマルクに焦点をあて、その生物学がめちゃくちゃなものに見えていながらも、実はそこには想像力の機能として意外に正しい方向が示唆されているのだという、ぼくがまたもおしっこを漏らしそうなことを言う(なぜラマルクをそのように論じることがおしっこを漏らすほどの話なのかということは、第548夜のラマルク『動物哲学』、および『遊学』のラマルクの項目を読まれたい。ぼくは半分以上はダーウィン主義者だが、残りはラマルク主義による斑模様の体をしているのである)。

 カイヨワが何を書いたかは、あきらかだ。「想像力は対角線上でこそ結ばれるべきだ」と書いたのだ。
 すでに「千夜千冊」の読者ならばお気づきのように、カイヨワが唱える「対角線の科学」は、まさに編集工学の発想や方法と重なっている。ぼくが初の海外旅行を、カイヨワ訪問においた理由もわかってもらえるのではないか。
 しかし、ぼくと違ってカイヨワは、こうした「対角線の科学」を築きあげるのにあたっては、そうとうの準備期をもっていた。
 最初は学生としてデュメジルやモースの講義に熱中していた。19歳のときはシュルレアリスムの渦中に飛びこんで、すぐさまブルトンと論争した。ブルトン主流のシュルレアリスムと袂を分かつと、ついではジュルジュ・バタイユとミシェル・レリスとともに「聖社会学研究会」を結成して、「社会的本能とは何か」という徹底討議をした。このときの蓄積は大きかった。
 次に「レットル・フランセーズ」の編集をとことん引き受け、戦時中にはロンドンの亡命政権の依頼で南米に飛びこんだ。ブエノスアイレスに「フランス文化会館」を創設する準備をし、ボルヘスらの南米文学の紹介を買って出たのはこの時期である。カイヨワはたえず「聖と俗の鏡像関係」に興味をもちつづけていたのである。
 こうして、上記に書いたようなカマキリの研究から始まるナナメな「対角線の科学」の思索と執筆がスタートしていったのだ。カイヨワはこのときから化石や鉱物や生物標本の収集、世界各地の伝承の調査、サンジョン・ペルスの作品など対象にした詩学研究、マイナー民族の昔話の研究などにも着手する。
 ぼくは、カイヨワが世界の知を糾合する雑誌「ディオゲネス」の編集長であったことにも関心をもっているのだが、これについてはインタビューするのを忘れ、いまもそのままになっている。誰かに詳細を教えてもらいたい。

 ところでカイヨワに会ってからというもの、ぼくはカイヨワのことを「偉大な遊学者」とか「オブリックな遊学者」とよぶようにしてきた。オブリックとはフランス語の斜線とかナナメという意味だ。
 しかし世間では、カイヨワの業績をひっくるめて「学際」(インターディシプリナリー)の発見者と言っている。ほんとうは知を鉈切りにするところが凄いのに、ちょっと上品にカイヨワ先生に肘掛け椅子に鎮座してもらおうという配慮なのだろう。やはりはナナメ対角線の人というのが、カイヨワ先生の真骨頂なのである。
 こういう事情があるため、ぼくも編集工学を説明するときはしばしば「対角線を結ぶ編集工学」とか、「対角線にひそむ関係を発見する編集工学」と言ってきた。けれどももっとざっくばらんには、ナナメな夜は、ナナメな気分で、ナナメな編集術を、ナナメに走りたいということなのだ。
 もうひとつだけ加えておきたいことがある。それはカイヨワ先生は少年時代から「オブリックな星の配列」に胸ときめかせて夜空を見上げていたということだ。とくに南米在住期の長かったカイヨワは、ぼくの目の奥には南の空から見る天体が半分入っていると言っていた。 月曜日は第900夜、ぼくもいささかオブリックな夢を語ることにする。

カイヨワのサイン

カイヨワの直筆サイン。『反対称』に。

参考¶カイヨワの著作はほぼ邦訳されていると思うが、著作権の都合か、同じ本がいくつかの版元で刊行されている。『本能』『メドゥーサと仲間たち』『反対称』『イメージと人間』『斜線』(思索社)、『神話と人間』(せりか書房)、『自然と美学』『幻想のさなかに』『夢と人間社会』『戦争論』(法政大学出版会)、『文学の思い上がり』(中央公論社)、『聖なるものの社会学』(弘文堂・ちくま学芸文庫)、『遊びと人間』(岩波書店・講談社学術文庫)など。

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