ウィリアム・パウンドストーン
ビル・ゲイツの面接試験
青土社 2003
ISBN:4791760468
William Poundstone
How Would You Move Mount Fiji 2003
[訳]松浦俊輔

 こんな問題がマイクロソフト社の入社試験に出た。「南へ1キロ、東へ1キロ、北へ1キロ歩くと出発点に戻るような地点は、地球上に何カ所ありますか」。
 筆記試験ではない。マイクロソフトのみならずアメリカのトップ企業の大半は3回から5回にわたる面接試験だけで、採用を決める。面接者の回答はさまざまだが、マイクロソフトの評価基準はこうなっていた。「0カ所」→不採用。「1カ所」→不採用。「∞カ所」→不採用。「∞+1カ所」→まあまあ採用か。「∞×∞+1カ所」→採用。
 これ以外に、ぐずぐずしていた、途中の説明が紆余曲折した、自分の自信に陰りが見えた、むっとした、笑いすぎ、こういう反応はすべて不採用になる。
 こんな問題にうまく答えられたとして、いったいそのどこがいいんだと思うかもしれないが、これがビル・ゲイツの信念なのである。この、世界で一番不遜な会社の経営者は、マイクロソフトの採用人材に必要なものは技能でも経験でもなくて、唯一、知能だけだと思っているからだ。

 いっときビル・ゲイツが信用しているのはIQだけだという噂が広まったことがある。これはガセネタであるらしかったが、ビル・ゲイツが無類のパズル好きで、しかもパズルでしか面談をしないというのは事実であった。
 だいたい会社というものは、第1には、役に立たない人材をどのように見分けて不採用にするかということ、第2にはまちがってそういう人材を採用してしまったばあいには、いかに迅速にその才能を別に活かせるかを判断すること、第3に、それでもダメな人材をさらに迅速に退社させるかということだけを考えているものなのである。
 しかし、そのためにパズル面接が最も有効だというのは、にわかには信じがたいのだが、マイクロソフトによるとこれは、相手の質問の意味がわからない、緊張しすぎて能力が発揮できない、やる気はあるがアタマが悪い、アタマはいいと思っているくせにそのプロセスが説明できない、問題に好き嫌いがありすぎる、勘に頼っていて組み立てがない‥‥こういう連中を落とすためには絶対に必要なことらしい。少なくともビル・ゲイツが不遜な会社を続けていく以上は、この方針は変わらないらしい。
 そこで、パウンドストーンがその実態調査に乗り出したのだ。

Question

Question
マッチ棒が六本あります。それを使って四つの正三角形ができるように並べてください。

 本書の著者パウンドストーンは、前著の『囚人のジレンマ』(青土社)もそうだったけれど、主題と論点を巧みな事例をつかって解きほぐすのが、めっぽううまい。前著はフォン・ノイマンが構築したゲーム理論をマッカーサーの演説やキューバ危機やドル・オークションなどの話をふんだんに織り込んで、息も切らさず読ませてくれた。
 今度はどんな狙いで本書を書いたかというと、実はマイクロソフト面接試験の実態調査というよりも、マイクロソフトがパズルを集中的にとりあげてきた例を出しながら、パズルのもつ意図をほぐし、それが究極の人材の発見とつながるのかどうかということを、企業やプロダクションの経営者や幹部に突き付けることだったようだ。
 あいかわらずうまい構成と説明を見せてはいるが、実際にはマイクロソフトの“戦略”に乗せられた一冊になっている。そこでぼくも、今夜だけはその“戦略”に乗ったフリをする。
 では、そのノリでパズル問題を2、3あげておく。マイクロソフトとは関係なく、お楽しみいただきたい。

(問題1)太陽は必ず東から出てくるのだろうか。
(問題2)マンホールの蓋が四角ではなく丸いのはなぜか。
(問題3)マイナス2進法で数を数えなさい。

 著者が説明するには、こういう問題が出たら次のことを守るといいらしい。
 ①どういう答えが期待されているかを決めること、②最初に考えたことはたいてい間違っていると思うこと、③複雑な問題は単純な解答に絞り、単純な問題は複雑な解答がありうると思うこと、④壁にぶつかったら、自分が考えたいくつかの前提を捨てていく順番を決めること、⑤絶対に問題が不備だとは思わないこと、である。
 ぼくのヒントははっきりしている。橋がなければ橋をかけること。ただし、川の一番狭いところにかけること。川幅が同じなら、橋を捨てて泳ぐこと、これである。

 (問題1)はよく問題を読むことだ。ここには「地球では」とは書いてはない。とするなら、答えは簡単、「バツ」である。が、これが落とし穴なのである。面接では必ず「なるほど、では、地球ではどうですか、太陽は東からしか出ませんか」と訊かれる。そのときにムッとして、「だって問題には地球ではと言ってないでしょう。だから宇宙と太陽の関係を言ったんです」とやりかえしたら、オジャンだ。地球でも北極や南極やその近くでは、太陽は東からは上がらない。そうでしょう。つまり最初の答えはたいてい間違っていると思ってみるべきだったのだ。
 (問題2)は頓知だろうか。むろん頓知だと思ってみてもいいが、頓知なら千差万別の回答になる。そんな千差万別を面接官が聞かされたところで、吉本興業ならいざしらず、なんら採用基準のヒントにはならない。そこでこれはクソ真面目な問題だと、逆のほうに向かうべきなのである。
 真面目に考えるには、なぜ丸いマンホールがいいのかを考えてはいけない。世の中のどのマンホールも丸いようなのだから、丸がいいのはわかっている。問題は四角ではなぜダメか、なのだ。そこでマンホールのことをよく思い出してみる。マンホールは単純な代物だから思い出すべきことはそんなにない。鉄か合金でできている、模様がついている、手が引っかけられる部位がある、そこに把手がへばりついている。それくらいだけだろうか。いや、もうひとつチェックするべきことがある。蝶番はついているかどうかということだ。多くのマンホールはドアにはなっていずに、すっかり取り去れるようになっている。
 さあ、ここで、なぜマンホールに蝶番がないかという方向に進んではいけない。ここで一転、蝶番のついていない四角いマンホールを想定することだ。問題は丸と四角の違いなのである。そこで四角いマンホールを持ち上げ、どこかに置き、それをまた入れようとしてみる。四角い穴に、四角い蓋。ここで突然にひらめくべきである。四角形の対角線は四辺のいずれより、長い! そうなのである。四角いマンホールではその鉄の蓋がちょっとでも斜めになるだけで、マンホールの下に落としてしまう危険があったのだ。円形と円形ならそれはおこらない。以上のことをすばやく考えて、「四角いマンホールでは工事の人が死にますね」と答えると、ビル・ゲイツたち面接官(たいてい6人)は体を捩らせて喜ぶそうだ。
 「マイナス2進法で数を数えなさい」の(問題3)は自分でやってみるとよい。むろんマイナス2進法などというものはない。だから面接者はただちに、このニューシステムを想定しなければならない。
 次に2進法だから2個の数字でいいわけなので、どの数字を使うかを決める。3と5など使えばそれでオジャン。おそらくやっぱり0と1がいい。それでアタマのなかでいくつか試算をしてみる。デジタル記号がアタマに見えないようでは、それだけで不採用になる。

Question

Question
このゲームは、もう一人の参加者と一緒に行ないます。適当な、最初は何も置いていない長方形のテーブルで、十円玉が何個でも使えるものとします二人はそれぞれ交互に、十円玉をテーブルの好きなところに置いていきます。規則はただひとつ。自分の十円玉が、テーブル上にある他の十円玉に触れてはいけません。二人は順番に十円玉を置いていき、テーブルが十円玉でいっぱいになるまで続けます。すでにテーブルにある十円玉に触れないで、新たに置くことができなくなった方が負けです。自分が先手として、どんな戦略をとりますか。

 ところで、入社試験とか面接試験というのは、その大半ががストレスを与えて窮地を脱する人間の姿を、ひたすら面接官が楽しむためにあるのであって、インタビュー形式であれ、パズル面談であれ、筆記であれ、それで人材の才能がつかめるものなど、ひとつもないと言ってよい。
 わざわざストレスを与えるためには、よくある手だが、会議室に案内されると「お好きなところに座ってください」と言われる面接法がある。どこかに座ると、「どうしてそこに座りましたか」と聞いてくる。会議室のテーブルは長方形か楕円が多いから、それで心理テストをしようというくだらぬ戦法である。一説には、長いほうは「羊」、狭いほうに座ると「狼」という馬鹿馬鹿しい人格チェックがされるという。
 窓を開けさせる面接もある。いくつかの窓のある部屋で、1カ所窓を開けさせて、その位置でつまらない心理傾向を見るものだ。まったく心理学というのはロクなことを考えていない。
 ぼくも面接は何度もやってきた。いまはISIS編集学校の師範代のためのものしかしていないけれど(これは採用人事というより、お願い人事)、どんなケースでもパズルなし、ストレスなし、心理なしである。ただし、おかげでずいぶん採用人事については失敗をしつづけた。
 それでもビル・ゲイツなど、これっぽっちも真似したくない。ぼくは「囚人のジレンマ」を解くことよりも、そんな事態から遠く離れることのほうを好んできた人生をおくってきたのだし、これからもおくりたい。

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