グレアム・グリーン
第三の男
ハヤカワepi文庫 2001
ISBN:4151200010
Graham Greene
The Third Man 1950
[訳]小津次郎

  1948年、ウィーンはアメリカ・ソ連・フランス・イギリスが勝手に分割統治していた。リング・シュトラーセ(環状道路)に囲まれたインナーシュタット(中心部)は、この第二次大戦で凱歌をあげた4大国が1カ月交替で治安し、それぞれの国の兵士が夜陰の都市をパトロールしていた。
 かつてのウィーンはすっかりなくなっていた。ハプスブルグ家のウィーン、クリムトやエゴン・シーレのウィーン、ヴィトゲンシュタインのウィーンは、もうなくなっていた。ロバート・クラスカーのカメラワークはところどころに廃墟を隠さないそのウィーンに、独得のドイツ表現主義を残響させていた。そこへアントン・カラスのチターの演奏が甘くも、激しくも入ってくる。映画『第三の男』の始まりだ。

 グレアム・グリーンは『第三の男』を、「読んでもらうためにではなく、見てもらうために書いた」と言っている。
 グリーンに、ウィーンを舞台にした物語をキャロル・リードのために書いてほしいと頼んだのは、名プロデューサーのアレクサンダー・コルダである。映画ファンなら白黒の『落ちた偶像』(1948)という名作を知っているだろうが、これがコルダ、グリーン、リードが生み出した忘れがたい第1作だった。コルダはふたたびグリーンにこの黄金コンビで映画をつくりたいと切り出したのだ。
 グリーンは最初からシナリオを書かずに、まず物語を仕上げたいと言った。映画のことを気にせずに物語を書きあげること、それがグリーンのやりかただった。このおかげで、われわれはグリーンの原作とグリーンとリードが練り上げたシナリオ、および非の打ちどころのない映像との決定的な違いと微妙な違いを克明に比較できるようになったのだから、このグリーンの英国紳士的やりかたに感謝しなければならない。
 グリーンはこうしてウィーンに飛んで取材する。ハリー・ライムの物語がこうしてかたちをあらわしてきた。しかしグリーンは、この主人公を複雑な都市のどこかに隠すことにした。グリーンは、敗戦後のウィーンの闇市をまるで影のように動いたハリー・ライムを主人公にしつつも、実のところは廃墟と地下水のほかは何もなくなってしまった迷宮都市ウィーンをこそ主人公にした物語を綴ったのである。

 きのう真夜中、十数年ぶりに『第三の男』を見た。和泉佳奈子と帝塚山のゼミ生3人が固唾を呑んで画面を見つめていた。映画好きの山本真美を除いては、この映画の存在さえ知らなかった。
 ロバート・クラスカーのカメラがつねに斜めのアングルを撮りつづけていたことが極度に新鮮だった。ドイツ表現主義っぽいことはかねがね重々承知していたが、ここまで徹底していたとはおもわなかった。こんな映画、やはりほかにはなかったのではないか。むろんキャロル・リードの演出であるが、その斜めのアングルが数秒後にゆっくりと元に戻って、次のカットに切り替わる速度にも、あらためて驚かされた。この映画、光と影を撮ったのではなく、光と影の歪曲を撮っていた。
 それにしてもキャロル・リードは、よくぞハリー・ライムにオーソン・ウェルズを起用したものだとおもう。闇の希釈ペニシリンを売りさばいて老人や子供達を奇形にさせた犯罪者がもしオーソン・ウェルズでなかったら、この映画は91点にはなっていても、98点にはなっていなかった。映画が始まって30分以上、まったく姿をあらわさないハリーが、ついに夜のウィーンの街角の一角の闇の中に顔だけを浮かび上がらせるときの不気味にニヤリとした風情は、オーソン・ウェルズでしかとうていあらわせない。
 この映画には名場面が数々あるけれど、そのひとつ、戦火で廃墟となった遊園地の中に奇跡的にポツンと残った観覧車の中で、ハリーが親友のマーティンズに希釈ペニシリンの闇販売を責められたあと、観覧車を降りながら黒いフロックコートを翻したハリーが次のように言うセリフは、圧巻である。こういうところはグレアム・グリーンの文明批評の独壇場であって、また、オーソン・ウェルズの“唇”の演技の真骨頂だった。
 「ボルジア家の30年の圧政はミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチのルネッサンスを生んだが、スイスの500年のデモクラシーと平和は何を生んだ? 鳩時計さ」。

 原作と映画が違うところは、いくつもある。リードとグリーンは原作を何度も書き換え、何度も編集しつづけた。
 まず大衆作家のマーティンズ(ジョセフ・コットン)がイギリス人からアメリカ人に変わった。これでアメリカ人の陽気な単純とヨーロッパ人の気取りと退廃とが対比されるようになった。ハリーの恋人であったアンナ・シュミット(アリダ・ヴァリ)もハンガリー人からチェコ人に変更された。こういう役柄の“人種変更”は、日本映画ではまず考えられない。ヨーロッパ映画を見るたのしみがこのへんにもある。
 原作では語り手はハリー・ライム事件を追うイギリス警部キャロウェイ大佐なのだが、映画では作家マーティンズになった。紅茶を飲むときでさえ大英帝国を忘れないクイーンズ・イングリッシュとハンバーガーをほうばりながら喋る屈託のないアメリカ英語との対比が、こうして強調された。
 決定的な違いは有名なラストシーンに劇的に集約された。原作では、警部とともにハリーの埋葬を終えたアンナが誰にも挨拶せずに並木道を歩き始めると、警部に車を勧められたマーティンズがこれを断ってアンナを追い、やがて二人が肩を並べて歩きだす。「彼は一言も話しかけなかったようだった。物語の終わりのように見えていたが、私(警部)の視野から消える前に、彼女の手は彼の腕に通された」というふうに終わっている。
 ところが、よく知られているように、映画では警部とともにマーティンズを乗せた車が、いったん冬枯れの並木道のアンナを追い越し、しばらくしてマーティンズが降りる。カメラが並木道をまっすぐに映し出すと、遠くにアンナが見える。マーティンズが道端でそれを待っているあいだ、カメラはしだいに近づくアンナと舞い散る枯れ葉を撮りつづけているのだが、マーティンズの傍らを過ぎるアンナは一瞥もくれずにそのままカメラに向かって歩いていって、そこでチターがジャランと鳴って、幕切れなのである。
 グリーンはこのラストシーンの変更を、「これはリードのみごとな勝ちだった」と脱帽した。

 グレアム・グリーンはぼくのお気にいりの作家だった。高校時代の副読本で、グリーンの“The
Innocent”を読んで以来、ぞっこんになった。ともかく気が利いている。とてもカトリック作家とはおもえない(グリーンは「自分はカトリック作家なのではなく、作家がたまたまカトリック教徒なんだ」と書いているが)。『植木鉢の小屋』なんて、それそれ、それを書いてほしかったというように書いている。
 『情事の終わり』が完璧なのはいうまでもない。舞台は第二次大戦下のロンドンで、作家のベンドリックスが材料を探しているうちにある男に関心をもち、その男のことを知りたくて妻のセラに取材しているうちに恋に落ちるのだが、あろうことか、その夜にナチスのV1によるロンドン空爆が始まって、ベンドリックスは瓦礫の下敷きになる。てっきりベンドリックスが死んだと思ったセラは、募る恋慕に狂おしく、せめてあの人が生き返ったら、私は彼のことをあきらめます」という誓いをたてる。
 物語はこの誓いを書いたサラの日記から逆倒して、戦後にベンドリックスがサラに再会したくてこれをあてどもなく探しまわり、そこに私立探偵が加わってサラの行方をたどるという展開になっているのだが、最後に、ベンドリックスからサラを奪ったのはほかならぬ「神」であったという、グリーン独自の「無償の愛」の大テーマが静かに鳴り響くというふうになっている。
 これもエドワード・ドミトリクで映画化され、サラをデボラ・カーが演じて話題になった。
 最もグリーンを有名にした『権力と栄光』は、もう30年前に読んだままのもので、細部は忘れてしまったが、革命当時のメキシコを舞台にウィスキー坊主がなんとも魅力的だった。グレアム・グリーンは男を描いて天下一品なのである。
 夜中の2時をこえ、『第三の男』を見終わったぼくはゼミ生を連れて赤坂の迷宮に出向くことにした。ちょっと眠かったが、グリーンのセリフを安物の居酒屋で言ってみたかったのだ。

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