高柳蕗子
はじめちょろちょろなかぱっぱ
集英社 2003
ISBN:4087812839

 小学校に平林君がいた。メガネをかけていてノッポだ。あるときラジオから「平ら林か、ヒラリンか、一八十のモークモク」(たいらばやしかひらりんか、いちはちじゅうのもうくもく)を連発する落語が聞こえてきた。大笑いした。「平林」という文字の書き順を因数分解して読んだ落語である。
 吉見先生が学校で、何かの拍子に落語の話をした。最初は「千早ふる」だったと思うが、そのうち「おい、平林を落語で何と言うか知ってるか」と聞いた。平林君は背を縮めてギョッとしていた。ぼくがおそるおそる「平ら林か、ヒラリンか、一八十のモークモク」を言ったところ、休み時間になって、平林君が真っ赤になって怒っていた。「おまえなあ、ナサケっちゅうもんがあるやろ」。
 中国では「字謎」(ズーミー)という。文字を憶えるために歌にした。日本にも多い。「熊」ならば「ムこうの山に月が出た、日が出た日が出た四つ出た」とか、「戀」ならば「恋という字を分析すれば、糸し糸しと言う心」というふうに、分解して憶える。松岡の「松」はやや洒落ていて、「松という字を分析すれば、キミ(公)とボク(木)とのさしむかい」なんてことになる。こんなことを平林君に言っていたら、ぼくはその小学校にいられなくなっていただろう。

 日本の歌には五七調・七五調が多い。なぜ多いのか、その起源の謎を解くのはいまはさて措き、ともかくも七五・五七は日本人ならすぐにアタマに入る。
 春の七草を「せり・なずな、ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ・春の七草」という歌を抜きに、七草の名を列挙できる日本人はまずいない。では秋の七草は? 「萩すすき桔梗かるかや女郎花ふじばかまくず秋の七草」だ。こういう語呂で記憶はしばしば途中まで人口に膾炙したままの歌もある。「一富士二鷹三なすび」などだ。これはそのまま「四扇、五煙草、六座頭」というふうに続くのである。
 本書はこのような七五調によって成立してきた日本語の世界を、分類を加えながら愉快に渉猟しようというもので、たいそうよくできている。著者はれっきとした歌人。『ユモレスク』『潮汐性母斑通信』(沖積舎)などの歌集、『短歌の生命反応』(北冬舎)などのエッセイがある。かなり語感や律動に敏感な人で、かつ国語にも和歌にもひとかたならぬ愛惜をもっている。斎藤孝の“声に出してなんとかかんとか”シリーズを読むのなら、この人のものを読んだほうがいい。何かせつないものがある。それに、おもしろい。加えて、機知と意表とサブカルに富んでいる。

 言葉というものは「通じる」ということのためにある。しかしどんな言葉も通じるとはかぎらない。逆に容易に通じないことをもって安直なコミュニケーションを回避するという方法もある。ダダやシュルレアリスムにはそういう効果があった。
 一方、わかりにくい言葉が呪能をもつということもあった。密教の真言や陀羅尼は梵語を背景にしているために、つねにそういう呪能をもたらした。たとえば光明真言は「オン アボキャベイロシャノウ マカモダラマニ ハンドマ ジンバラ ハラハリタヤウン」という。「‥ハンドマ ジンドマ~」あたりで何か霊験存亡に迫ってくる。そのうえで阿弥陀如来が「オン アミリタ テイ ゼイ カラウン」、薬師如来が「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」なのだから、薬師のコロコロ・センダリ・マトウギあたりにさしかかるとなると、これはいっそお薬師さんの胸中に飛び込む心地になってくる。
 こういう「通じる」「通じない」の両面性をつねにもつ言葉だからこそ、選び抜いた文字と言葉を巧みに連ねていくと、そこに理解を共有するための詩歌や標語や諺が、さまざまに生まれてくるわけである
 法然には「月影のいたらぬ里はなけれども眺むる人の心にぞすむ」という歌がある。仏の心と人の心のありかたの関係を衝いて、まことにうまいし、美しい。しかも「住む」「澄む」が掛けてある。また一遍にもすぐれた和讚が多いのだが、「すべての思量をとどめつつ、仰いで仏に身を任せ、出で入る息をかぎりにて、南無阿弥陀仏と申すべし」などという「百利口語」の一節は、これで伝えたいことのすべてが言い尽くされているといってよいほどである。
 言葉はいかに短くたって、千里を走る。ただ、その言葉をいつどのように使うかなのだ

 ぼくは語呂合わせが大好きである。平林君のおかげだったかもしれない。謡曲や俳句をやっていたせいかもしれない。それはわからないけれど、たとえば『遊』には木谷三千子の名で「バロック・アジテーション」という名の“狂歌まがい”を毎号にわたって御披露したものだ。
 筆名で書いたので、ずいぶんの好き放題だった。たとえば、「遊ばれたい、遊びたい、遊ばされたい君にあそばします一夜」「下手の横数寄、数寄こそ霊(もの)の上手なれ」「ソニア・リキエル瀑布(ケープ)引っかけ、女はみんなセルジュ・ルタンスの高電圧」「毒(どく)解けますか、時(とき)溶けますか、咎(とが)説けますか、二〇・八世紀ぶり」「キッスは目にして、パンクは耳にして、ニューロマンティックは足の指」「セシウムの色付きはじめて冬将軍、原子時計より分子こぼれる」「破墨したあたし、デヴィッド・ボウイよりなお三三七拍子」といったような‥‥。およそ20年前の女装言語である。
 これで懲りはしなかった。「半巡通信」ではぐっと縮めて、こんな語呂に遊んだ。「読んで、いい仮名」「花して、星い」「きのう引くくて、あす鷹く」「藍たくて、糸しくて」「底んとこ、そんな門で」「一緒に、雪ます」「ああ仕手、こう摺る」「ああん、式りたいのに、指揮れない」「道な男に、紙縒な女」「篆転、点丸、手がそれて」「円は威なもの、錐なもの」‥‥てなように。

 語呂というのは当初は「語路」と綴って、言葉の続きぐあいのことを言っていた。“言葉の路地ぐあい”のことである。『去来抄』にも「上は疑ひ下は決し、語路不通」などとある。
 それがしだいに言葉遊びに変化した。「猫に小判」が「下戸にご飯」、「一つ積んでは父のため」が「一つ脱いでは質のため」「一つつまんで乳のため」というふうに。本書にもこうした語呂がいろいろ紹介されている。
 しかし語呂はなかなかバカにできない。身近なところでは歴史の年号などというもの、「うぐいす794平安京」「1192見つけた鎌倉幕府」などと語呂で憶えないかぎりはまったくお手上げであるし、元素周期表などとくに強敵で、「エッチ(H)でリッチ(Li)な(Na)母(K)ちゃんは、ルビー(Rb)せし(Cs)めて、フランス(Fr)へ」とでもしないかぎりは、化学の試験は受けられない。リトマス試験紙が青になったらアルカリだというのは、「青くなったら歩かれる」などと憶えたものだった。

 言葉遊びは駄洒落のようでいて、実は言葉の本質的な活用なのである。言葉の技を駆使したものが「こと・わざ」であり、言葉の意味を割ってでもその条理を取り出そうというのが「こと・わり」である。「寿」とはそもそもがコトダマとしての「言吹き」であったのだし、コトガラも事柄であって、また「言柄」でもあった。言葉にはいろいろな柄があったのだ。著者はこうしたコトダマ感覚にも長けている。
 こうなると、言葉遊びもギリギリの言い回しで肯定と否定を入れ替えられるほどの技法に達するときもある。「世の中は三日見ぬ間に桜かな」という大島蓼太の句は、三日ほど家にいるあいだにもう桜になっていたという意味なのだけれど、これがいつしか諺になると、「世の中は三日見ぬ間の桜かな」というふうに、三日見ないだけで桜は散ってしまった、そのように世の中なんてものはすぐに変わるもんだというふうになる。「に」が「の」になっただけの鮮やかな逆転編集だった。

 本書の表題の「はじめちょろちょろなかぱっぱ」は、よく知られているようにご飯の炊き方をいう。「はじめちょろちょろなかぱっぱ、ぶつぶついうころ火を引いて、一握りの藁燃やし、赤子泣いても蓋とるな」。
 お釜でご飯を炊く主婦や飯炊き係のための、まさにナビゲーション・ガイドなのである。つまらぬマニュアルや注意書きを見せられるより、このほうがずっとよい。どこかワークソングにも通じるものがある。われわれ男性陣はかつてトイレに駆けこむと、よく「朝顔の外へこぼすな棹の水」とか「朝顔の外へこぼすな手を添えて」という貼り紙に出くわした。ワークソングというには手を添えるだけだが、そうか、男性用便器を朝顔というのかと、そんなことに感心もした。マルセル・デュシャンの「泉」である。
 これが「みんなのトイレです。絶対に汚さないように」では、ただの厭味な説教になる。注意を促すにしても、そこには“伝歌の気味”がさあっと走るべきなのだ

 結局、言葉とは極意なのである。あるいはそこに暗示された何かを見習うべきモデルなのである。
 松永貞徳は俳諧の初めの何句かに詠んではならない言葉のルールを、「名所・国、神祇・釈教・恋・無情、懐旧述懐、おもてにぞせぬ」と詠んでみせて、さすがに達人ぶりを発揮した。塚原卜伝は「映るとも月も思はず映すとも水も思はぬ広沢の池」と詠んで、月と水が互いに相手を映すとは思っていないのに映しあう心境で剣法を心得よと言った。実はこれ、後鳥羽院の「広沢の池に宿れる月影や昔をてらす鏡なるらむ」を踏んでいる。何事も、こういう方向に何かが待っている。
 そもそも和歌は『古今和歌集』の仮名序に貫之が二首の歌を掲げているように、つねに「倣い」を「習い」としたきたものだった。しかし、その原点には容易ならざるものも秘められている。

  難波津に咲くや此の花冬ごもり
            今は春べと咲くや此の花

安積山影さへ見ゆる山の井の
            浅き心をわが思はなくに

 これが貫之が示した二首である。
 前の歌は著者も「咲いた咲いたチューリップの花が」に近いような素直な歌であると言っているほど、素朴な歌である。後の歌はやや複雑で、「安積山影さへ見ゆる山の井」が「浅き」「影」に複雑に掛かる修辞によって作られている。つまり言葉というものを直截にも曲折にも使いなさいという指示なのだ。
 和歌は、このような二つの言葉づかいをともがらに成立させつつ作っていく文芸である。二つは矛盾しているのだが、著者も「およそ矛盾を抱えないものはたいしたものでない」と書いて、和歌が五七五七七の枠の中でこの矛盾に挑み続けたことを評価した。その和歌の口ぶりや本意を下敷きに、さまざまな言葉遊びや地口や暗示が生まれてきたのだった。
 本書はそうした言葉に調子をもたせて極意を伝授したり、注意を促してきた「はじめちょろちょろなかぱっぱ」型のヴァージョンの数々を、次から次へと繰り出して、読者を上手に日本語のコトダマの律動に導いた。
 では、最後にもうひとつ逆転編集コトワザの例。
 御存知、「飛び出すなクルマは急に止まれない」。これに対してごくごく僅かな変更で、「飛び出すぞコドモは急に止まれない」。この、互いに凌ぎを削りあう丁々発止が「言葉の社会」というものなのである。できれば助詞ひとつで岩を動かしたい。

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