小川道明
棚の思想
影書房 1990
ISBN:4877140379

 本というものは知的なファッションなのではなく、ファッションそのものなのである。フードそのものなのだ。実際にも着たり食べたりするものだ。そのように思うには、ひとつはマラルメあたりを読むのもいいのだが、もうひとつは本をつねに複数の組み合わせで見たり、接したりするようにしておくとよい。
 ジーンズのような本、パスタのような本、戦闘服のような本、携帯電話のような本、ワイングラスのような本‥‥。こういうものはいくらでも本屋に並んでいる。ところがこのような本を組み合わせて遊んだり、読んだりすることがない。ジーンズの上に毛皮を着て戦闘帽をかぶった女性が、ワインを飲みながらイカ墨のパスタを食べていて、そこにケータイが掛かってきた、なんてことはあるのに、それを本の組み合わせに転換できないのである。
 本を「組み合わせファッション」にするには、洋服や小物やスニーカーのように取っかえ引っかえ“本を着る”必要があるのだが、すぐにそれができないのなら、まずは本屋をよく知ることだ。

 日本で本屋さんというと、書店とともに出版社のことをいう。本を書いているというと著者のことになる。
 本屋、つまり書店には、これらが所狭しと並びあい、妍を競いあい、互いに饒舌に喋りあっている。諸君はこのなかのお気に入りを“着る”ために本屋に入ったのである。タイトルが目に飛びこみ著者の名が浮かび、それにブックデザインがメッセージを発している。版元(出版社)がどこなのかということも、つまりはエルメスかプラダか無印かというメーカーの違いなのだから、これもよく見たい。
 そこで禁じ手が必要になる。本屋に入ってついつい本をすぐに手にとりたくなるのだが、これを我慢する。諸君がブティックに入ったときのことを思い出せばわかることだが、やたらに洋服を手にとってはいないはずである。よく見比べているはずだ。すべての靴に足を突っ込んだりはしないはずだ。
 本を見比べるには、ブティックの洋服の選び方や並び方に、そのブティック屋の売場思想があらわれているように、それをまた諸君はすばやく見抜いているように、本の場合もそれを選び並べている「棚」の思想を見ることになる。
 町の小さな書店と大型書店を比較すれば、同じ一冊の本でも、どこにどのような棚組みで置いてあるかによって、目立ちもするし、埋没もする。こうした棚組みを前後左右に存分にたのしみ、自分なりの「見方」を確立する。
 このとき著者のほうの思想に負けてはいけない。本はそれ自体がファッションやフードなのだから、自分がほしい(自分のTPOにふさわしい)ファッションとフードの思想のほうを感じることなのである

 本書の著者は、最初は理論社という小さな版元の編集部にいて、次に合同出版社に移り、そこで西武に引き抜かれて有名な池袋西武のブックセンターを立ち上げた。その後はリブロ、リブロポートに移ってさらに独自の「棚の思想」を先駆的に展開してきたギョーカイ名物の人である。
 その後、時代の変遷はめまぐるしく、いまや西武も凋落し、大型書店も各地各所にできあがったが、小川作戦がもたらした日本の書店空間に与えたインパクトは大きかった。1985年ころ、池袋ブックセンターには“今泉棚"というものがあって、それを見るために読者だけではなく数々のギョーカイ人が押しかけた。今泉正光クンという専門書の担当者が独自の棚組みを“開発”したのだった
 このように、おもしろい書店というものは、さまざまな棚組みやフェアや組み替えに躍起になってとりくんでいるものなのだ。もしも、行きつけの書店にそういう雰囲気がないようなら、そういう書店には行かないほうがいい。アマゾンやbk1ワンでネット注文すればいい。

 しかし、本を着たり食べたりして充実するには、最初からネットに頼っていたのでは感覚に磨きはかからない。是非とも本屋遊びをし、「棚の思想」を嗅ぎ分けたい。ただし、注意点あるいはヒントがある。
 第1点。文庫本の棚はベンキョーにならない。あれは最近はアイウエオ順の著者並びになっていて、何の工夫もない。たんなる電話帳である。だから、ここは捨てる。
 第2点。本の並べ方には平積みと棚差しというものがあって、手元に平積みしている本はたいてい“売れセン”ばかりなので、それに気をとられないで、ちゃんと棚差しのほうを考査する。
 第3点。棚の本を見るときは(スキャニングするとき)、3冊ずつ目をずらして見ていく。だいたい本は1冊だけ手にとるのはよくない。その両隣りの本を必ず認知するようにしたい。これだけでも3倍のスキャニングができる。
 第4点。財布の都合にもよるが、本はできるかぎり“複数買い”をする。図書館で棚から本を閲覧室にもってくることを考えればわかるように、1冊だけとってくるのはあまりにも非効率だ。そもそも本を1冊ずつ読むということは、小説を除いて、しないこと。いろいろ取り替え読み替えしているうちに、本の味も値打ちも見えてくる。
 第5点。あえて本を買わずに出てきて、その本屋の棚に並んでいた本をあれこれ思い出してみるとよい。近くに喫茶店でもあるのなら、いったんそこで思い出してみて、また本屋に戻って確かめることだ。ぼくは何度もこのエクササイズに耽ったものだ。

 そのほかもっといろいろあるのだが、ともかくも本を「1冊から多冊に」して付き合うこと、これに徹するべきだろう。
 もっとも、以上のようなことは、本書にはまったく触れられていない。1970代後半から80年代の本屋まわりの出来事が、実直に報告されているだけである。しかもその中身は今日では古くなりすぎて、データの数字などもとうてい使えない。
 それなのに、ではなぜこの本を選んだかというと、本書はぼくにとってのファッションだったのである。どこがファッションになったかというと、『棚の思想』というタイトルと平野甲賀のデザインで買ったのだ。
 えっ、松岡さんもそんなことをするのかと言われそうだが、ぼくはのべつこういうことをしてきた。諸君も、ボタンがかわいいとかバックル(留め金)がおもしろいからとか、ステッチが気に入ったとかで、洋服やバッグを買うでしょう。それと同じだ。
 試しに、本書の表紙をもう一度、よく眺めてほしい。この本の表紙を前に自分の本棚に置いておくだけで、元気が出る。「棚」というタイプフェイスが本棚になりそうで息づいているではないか。これが、本はファッションだというところなのである

コメントは受け付けていません。