町田康
くっすん大黒
文芸春秋 1997
ISBN:4163168206

 町田康は町田町蔵である。パンクロッカーだったし、いまでもパンクロッカーだ。
 デビュー同時から暗~い異彩を放っていて、気になった。モノクロちょっと見には“青年パティ・スミス”に見えた(カラーを見たことがない)。だからメイプルソープに撮らせたかった(第318夜参照)。
 町田は大阪でINUというバンドをつくって東京にツアーを組んだ。なぜそんなマイナーなことを知っているかというと、誰かに誘われて見た。その直後だったか、そのあたりも記憶がきれぎれなのだが、石井聰互の『爆裂都市』に役者として出ていて、町田町蔵は芝居はともかく、世の中にない例のないサマをつくっていて、見させた。
 こういう青年に、ワタシは弱い。加うるに石井聰互にも弱い。

 そもそもぼくの周辺には売れないパンクアーティストが屯(たむろ)していた。
 これは主として山崎春美が持ってきた旋毛風(つむじかぜ)で、楽器こそ持ちこまなかったものの(かれらはセロテープでもハサミでも楽器として使ったので、それも当然なのだが)、挨拶もろくにせずに工作舎を出入りしていた。立花ハジメのプラスティックスやゲルニカはもうデビューしていたか。
 山崎春美はワタクシの「遊塾」(日遊塾)にも入り、なんだか猛勉強をしているふうだったが、ライブハウスではカミソリを持ち出したり、クスリをやっては絶叫していた。そのあとぼくは京都三条河原町で「モダーン」をやっていたEP4の佐藤薫に出会って、ときどき彼のライブに強引に引っ張り出され、なぜかステージで“お話”をさせられた。いまおもえば噴飯もので、共演していた坂本龍一がポカンとしてぼくの話を聞いていたのを思い出す。佐藤薫はあるときマレーシアだかタイだかに行くと、そのままどこかに消えた。この佐藤にもぼくは弱かった
 そんなふうに、そのころのぼくの周辺はミュージシャンやミュージシャンまがいの出入りが多く、そんなこともあって町田町蔵の噂はずっと聞いていた。1枚だけだが、『レベルストリート』というLPも買った。

 その町田町蔵が町田康となって作家デビューしたと聞いた。芥川賞の候補になったとも聞いた(町田康の本名はすでに「町田康+北澤組」にも出ていたのだっけ)。芥川賞はどうでもよいが、その候補作『くっすん大黒』が気になって、読んでみた。
 ふーん、なかなかやっている。これならいけるだろう。ボリス・ヴィアンの『日々の泡』や『心臓抜き』(第21夜参照)がすぐ思いあわされ、ついでチャールズ・ブコウスキーの「くそったれ」もあるなと思ったが(第95夜)、町田は町田を狙っている。好ましいというより、好もしい。
 予想通り『くっすん大黒』は町田町蔵のパンクそのものなのだ。何も“文学”していないし、“ブンガク”に迎合もしていない。ただ小説っぽくしただけだ。その、どんなブンガクから借りてもきていない小説っぽさがいい。
 話は説明するほどのものではないというより、説明しないほうがいい。ぐうたらの日々に嫌気のさした自分が5寸ばかりの金属製の大黒が邪魔に見えて捨てようとするのだが、いざ捨てようとするとどうもうまくいかない。その大黒と大黒を捨てるというどうでもよい桎梏と葛藤がネタになって、ときにパンクなときにパンクでもなんでもない日常のオブジェや知人とのやりとりが捩れたまま、逆立ちになったまま、そうか、自分は豆屋になればいいんだと、毛皮の敷物に立ち上がり、大声で叫んでみたのである。「豆屋でごさい、わたしは豆屋ですよ」なんて。そういう話だ。
 滑稽とは稽古の稽(習い)をちょっとするりと滑ることをいうのだが、言ってみれば、その「稽」と「滑」がある。言ってみなければ、何もないのではなく、やはり「稽」と「滑」が残る。ここがおかしい。ただしその滑りは、軟膏性というのか水溶性というのか揮発性というのか、固形物がない。そこが町田流なのである。ワタクシ、こういうところに弱い。
 ちなみに「くっすん大黒」のくっすんは楠木という名前が滑ったようなのだが、きっとアテレコだろう。

 さっき町田康のホームページを覗いてみた。日録があった。毎日ずっと打ちこまれているらしい。短文、記号入り。

   02/07=午前、原稿。午、渋谷のHに行きてメイキャップしたる後、往来で撮影をしたる後、ラウンジで参道一致を食したる後、部屋に戻りてインタビュー。終了5時。うくく。バック後、韓国料理を食したり。和牛に行きてニゴ世話。業務。
 02/10=午前、原稿。午後、業務。夕、ニゴ世話。パンクロックの魂がこんにゃくになって震えている。ぶるる。
 02/15=午前、原稿。台場に行きてシャーツとCDをバイ貝。無料チョコレートを山ととっていく人ありけり。バック後、豚肉を食したり。夜、和牛に行きて業務。ニゴ世話。
 02/18=午前、業務、著者校。午後、参宮橋に行きて「何待ち?」収録。バスのなかでお喋り。おしゃべり魂次。終了後、池ノ上に行きてミラクルの練習。うがが。終了後、自宅にて牡蛎を用いたお料理を食したり。旨熊。夜、ニゴ世話。睡魔激烈、即寝成仏。

 こんな調子だ。半分不明。これにリズムと少しだけ音がついてもヒップホップでもパンクでもないが、しかし、こういう日常の摘まみこそが町田流の流れの“さざれ石”をつくっているのだろう。
 だいたい『くっすん大黒』のあとの作品タイトルを見るだけで、そういう見当がつく。『河原のアパラ』『夫婦茶碗』(これは傑作だ)『屈辱ポンチ』『俺、南進して』『きれぎれ』(芥川賞受賞)『ロックの泥水』『地獄のボランティア』『福助人形』『猿ぼんぼん』、なのである。小説や詩ではないエッセイ集も、『つるつるの壷』とか『耳そぎ饅頭』というんだから、仕方がない。
 それでもワタクシはこの手のものに弱いので、ひたすら応援するだけなのだ。
 もっとも、ひとつだけギョーカイに対して言っておきたくなったことがあるので書いておくと、そもそも文学批評や文学賞というもの、もともとパンクの歌詞やニューミュージック(そのころJポップなどという言葉はなかった)を早々に対象にすればよかったのである。どこかの文学賞で、歌詞を対象とした文学賞をつくればよかったのだ。H氏賞や歴程賞のような詩を対象にした賞はいろいろあるんだから。それなら町田町蔵は作家先生などにならずにすんだ。
 どうも、小説や小説っぽいものしか“純文学”(純喫茶じゃあるまいし)の対象にしてこなかったのは問題がありすぎる。そのぶんやっぱり、純文学はどんどんつまらないものになった。
 町田康をどうしても“文学”に引き入れたいのなら、あらためて審査委員は『町田康全歌詞集』(マガジンハウス)を読むべきなのである。とてもとてもキュートだよ。

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