スラヴォイ・ジジェク
幻想の感染
青土社 1999
ISBN:479175767X
Slavoj Zizek
The Plague of Fantasies 1997
[訳]松浦俊輔

 ISISサイトが提供する「編集学校」ではしばしばそういう遊びをしているのだが、現代の思想家が似たような“編集術遊び”をしているのを読むとはおもわなかった。
 これがスラヴォイ・ジジェクを最初に読んだときの、むずむずと笑いがこみあげるようでもあった率直な印象だ。
 その本は『斜めから見る』。ジジェクはここで、お得意のヒッチコックやスティーヴン・キングやフィルム・ノワールをとりあげ、これらをことごとくジャック・ラカンの理論的モチーフで解読するというアクロバティックな芸当を見せていた。逆からみれば、ラカン理論をことごとく大衆文化の現象の淵にのせて次々に切り刻んだといってもよい。
 これはかつてウォルター・ベンヤミンがモーツァルトの『魔笛』を、同時代のカントの著作から拾った結婚に関する記述のすべてで解いてみせた痛快な試みの踏襲であって、ぼくからみると、もっと多くの領域を跨いで試みられてきてもよかったとおもえる「方法の思想」の表明の仕方だった。
 ふーむ、なかなかジジェクという男はやるものだとおもった。ジジェク自身はこの方法を30ページごとにいろいろの名でよんでいるが、わかりやすくは「アナモルフィック・リーディング」(漸進的解読)などともなっている。

 次に『仮想化しきれない残余』という魅惑的なタイトルの本を読んだのだが、これはシェリングをヘーゲルで読むというのか、ヘーゲルをシェリングで読むというのか、やはりAの目盛をBの解読の隙間につかい、Bの目盛をAの言い換えがおよばない残余につかうという方法を駆使していて、またまたむずむずするほど手口が見えて、堪能させられた。
 ぼくは『遊』の第1期で、あることを提案している。
 それはわかりやすくいえば、プラトンがヘーゲルを読んだらどう思うか、ニュートンがアインシュタインをどう見るか、三井高利が資生堂の商品にどんな価値を見出すか、ラシーヌがブレヒトの舞台をどう感じるかという方法によって、思想や芸術や商品を語る語り方があるにちがいないという提案だった。実際にも空海が三浦梅園を読む、ポーがドス・パソスを読むといった遊びを試みた。
 これは、人と人との関係だけではなく、モノがモノを見たって成立する。「相似律」を制作したときは、コロラド川の航空写真が脳のニューロン・ネットワークを眺め、皮膚の接眼写真がアンリ・ミショーのドローイングを覆うといったことを、何百枚もの比較図版で試みてみた。それを、まだ会いもせぬロジェ・カイヨワが制作関与したという架空の設定のもとにつくってみた。
 ほぼ制作のメドがついたころ、ぼくはパリのカイヨワの家にそのコピーの束をどっさり持って飛んでいったものだ。カイヨワが言った、「まるで私がしたかったことを見ているようだ」。

 こうした方法は、いくらでも遊戯化もでき、いくらでも戯曲化ができ、またいくらでも思想化できるものである。
 ただぼくのばあいは、そのように領域化することには関心が薄くて、いいかえれば、そういう方法をフランス料理ふうの濃厚なソースで味つけるのが好きではなく、むしろ日本料理が素材をあまり加工しない程度の処理ですますような、そんな懐石的提示を好んできた。だから、ソースよりも、盛付けの器や皿や食卓に凝ってきた。また、その盛付けにあたっては柚子少々、山椒少々、海苔少々をふりかけるのが好きだった。
 しかしスラヴォイ・ジジェクのように、この方法を熟知しているだけでなく、その方法そのものの思想的過熱に異様な能力を発揮する男もいるものなのだ。これはこれで驚いた。とてもぼくが挑める芸当ではない。日本料理でもない。
 けれどもそうなると、ジジェクのすっぴん思想も見たくなる。これも“読書人情”というもので、そういうジジェクをどうしても読みたくなる。そんな気分になっていたところ、本書『幻想の感染』が翻訳されたのである。

 本書は、ジジェク独壇場のテキスト相互変換やトレーシング・リパースといった方法から離れて、どちらかといえば批評の言葉が露出したままジジェクの考え方が読めるものになっている。
 ジジェクを訳してこれが3冊目の訳者の日本語も、かなりこなれてきていて(形代・定め・享意・勢力といった訳語をうまくつかっている)、そのためか、そうか、ジジェクはこういう趣向を好んでいたのかということを行間に触知することもできた。
 なんだい、ジジェクは結局はニコラス・レイやロバート・オールトマンの『MASH』やリドリー・スコットの映画が、ということはデヴィッド・リンチに尽きるということだが、それがたまらなく好きなんだ、そういうこともはっきり見てとれた。
 本書にジジェクのすっぴんが見えるのは、やたらに電脳空間を話題にしているわりに、ジジェクがちっともコンピュータ・ネットワークにもウェブにもブラウジング・テクノロジーにも精通していないことが露呈されているせいでもある。それなのにジジェクは世の中の批評思想の言葉のままに電脳空間の特質を炙り出そうとしているため、いっそうジジェクの骨組・毛穴が丸見えになった。
 いやいや、こういうことを言うために本書を採り上げたのではなかった。そういったこととはまったく別に、やはり本書にひそむ独得の見方がぼくを感心させたのだ。

 知られているように、ジャック・ラカンには「ラメラ」という精神分析上の基礎概念がある。説明するとなると難しいのだが、主観の発動以前から作動しているメタリビドーのようなもので、「架空の不死」をもとめる生命的衝動のようなものをいう。
 動物にはこのラメラはない。たいていは摂食や交接でつねに充足がくる。人間はそうはいかないから失望もするし、ひたすら想像を逞しうするし、自慰もする。このときラメラが遠くで動く。それは人間というもの、たえず「幻想の享楽」(ジェイサンス)のようなものを支える何かがどこかで必要になるからである。
 このラメラが遠くで動くとは、いったい何がおこっていることになるのだろうかというのが、ジジェクの説明でぼくを感心させたところだった。いろいろ説明を変えているのでわかりにくいけれど、そこをぼくが捌いてまとめると、ざっと次のようになろう。
 われわれはどんな時代もイデオロギーや主題に惑わされている。ジジェクはこれを徹底して嫌う。ぼくも大嫌いである。ではどうすればそれらに惑わされないか。
 方法による脱出が必要なのだ。そこで、ジジェクやぼくは、たとえばアナモルフィック・リーディング(漸進的解読)を遊ぶ。
 これは、一見するとポジティヴに見える対象をネガティヴな勢力のほうで受け止めてしまおうというやり方なので、イデオロギーを批判するにはもってこいなのだ。問題は、そのようにイデオロギーや主題を「マイナスの領域」に引っ込ませてしまうとして、では、その「マイナスの領域」とは何なのか、そこで何がおこっているのかということになる。
 カントはそれを「負の量」を介在させることで片付けたが(それでもたいしたものだったが)、ジジェクやぼくはそれでは気にいらない。なぜなら、「負」とはいえ、そこには「欠如の無」と「否定の無」がごっちゃに入っているからだ。
 何かが欠如しているから無になっているのではない。何かを否定したから無に見えているのではないのである。そうではなくて、そもそもそこに「負の介在」が作用する。それがとりあえずは「マイナスの領域」に見えるだけなのだ。
 では、そこで何が負のように作用しているのか。

 そこでジジェクはラカンを借りて、「ないものを代理するもの」がそこに作用しているのではないかと見た。
 これがなんともすばらしかった。こんなふうに書いている、「主体というものは、実在の正の場を正の実体と誤って認識してしまうものだが、実はそこには“負の大きさ”によって補足されている作用がおこっていると考えるべきである」。
 なるほど、これはうまい言い方だ。かつて岡倉天心が次のように言ってのけて以来の説明だ。天心は、こう言った。「故意に何かを仕立てずにおいて、想像のはたらきでこれを完成させているようなもの」!。
 これは、われわれの認知活動や表現活動の根本に「ないものを代理するもの」があるということなのである。すなわちそこには、たえず「負」によって何かが補足され、何かが飽和されるようにはたらく関係が生じていると見るべきだということなのだ。
 ジジェクは、この作用がどこかで壊れているのが精神病であると見た。精神病では、「負」が引き取ったはずのものが、さまざまな理由と原因によって「正」の対象になってしまっている。ジジェクはとっくにそのことに気がついていた。しかし、多くの精神医学はそこに“負の大きさ”が関与していて、そのことに精神病患者が気づいていないということを、気づかない。ようするに、精神病とはテレビでさかんに特集されるNG集が、何かを完遂させるためのNGであることがわからない症状なのである。

 このような見方をもって、さらにジジェクはどんな社会的な相互作用にも心理的な相互作用にも、何らかの「負」が介在しているはずだということを見抜いてくれた。
 しかもこの「負」は、ときに「割り切れない残余」にもなれば、別の場での「発現」にもなるし、また、ある者には「過活動」にも見えるものであり、それでいてそれはすでに必ずや「負への引き込み」を果たしているがゆえに、どんな正の主張や成果よりも、より奥にあるものとしての、より本来的な響きを、さまざまな場面で奏でつづけるとも喝破した。
 スロヴェニアの鬼才スラヴォイ・ジジェクが、こんな「負な話」を本書の各処にひそかに隠しもっていた。ぼくが「ジジェク、やってくれたね」と手を叩いたのはここなのである。

コメントは受け付けていません。