山本東次郎
狂言のことだま
玉川大学出版部 2002
ISBN:4472302683

 狂言は愚かな人間を描いているのではなく、人間の愚かさを描いている。それを哲学や幽玄や音楽性を前に出さずに、ファルスとして作った。笑わせて、ちょっと考えさせるようにした。
 東次郎は、これは心理劇なのだという
 しかもその構成演出にあたっては、舞狂言のように舞を重視する能仕立もあるけれど、ひたすら「科白」(セリフ)と「仕草」を重視した。そこに狂言がある。とくに科白である。昔から「狂言は言葉でせよ」「狂言は言葉でする」と厳しく伝えられてきたように、科白こそが狂言の真髄になっている。だから東次郎は、狂言の本質は言霊にあるのだと呟く
 ここは読みごたえのあるところで、狂言を言霊の芸能だと見ることによって、実は科白も発声にも「型」があるのだという見方が積極的に出てくる。「型」は舞や仕草ばかりではなかったのである。そのような「型」はそもそもどこから出てくるかといえば、謡の文句から出てくる。すでに世阿弥の『花鏡』に「言葉より進みて風情の見ゆる」とあるように、そもそも申楽の真似の本質が謡の言葉を基礎にしているのである。
 世阿弥はこのとき、謡曲の文句とぴったり同時に所作をしてはいけない、まして少しでも先んじてはいけないと戒めた。むしろ僅かに文句より遅れるように「先づ聞かせて後に見せよ」と言った。いわゆる「先聞後見」だ。今日でもちゃんとした能楽師たちはほぼ「二字遅れ」で所作をする。
 言霊が二字遅れで所作になる。なんとも香ばしい。

 もうひとつ東次郎が強調していることがある。能と狂言は自己否定から始まる芸術だということだ。そこはどんな他の芸能とも違っている。
 近頃は、能も狂言も観客に受けることを狙う舞台が多くなってきた。もってのほかであると、東次郎は怒っている。ある新作狂言の作者が「大笑いしたあとで観客にぞっとしてもらいたい、怖がらせたい」とインタビューで答えていた。しかしながら、本来の狂言は絶対に観客をぞっとさせたり怖がらせたりはしないものなのだ。
 あえていうなら狂言全二〇〇曲のうち、たった一カ所だけ観客を驚かせてもよいところがあって、それは『釣狐』で猟師の伯父に化けた老狐が犬の遠吠えに肝をつぶす場面である。が、それ以外に観客を驚かせるつもりなど、まったくもってはいない。
 なぜ、そうなのかといえば、そこが能狂言のもつ「型」の意味であり、観客に対する「礼」というものなのだ。
 この「型」と「礼」は、そもそも能狂言が自己否定を当初において済ませているからこそ成立するもので、能狂言が舞台の上に「心あらざる状態」を作り出さないようにしていることと関係がある。

 前著『狂言のすすめ』より、いっそう読ませた。著者は大蔵流狂言方の四世東次郎である。
 この東次郎は今日の狂言ブームをよろこばない。むしろ狂言の本質の理解が遠ざかり始めていると見ている。まさにこうでなくてはならないと思うのだが、実はなかなかこういう能楽師や狂言師は少ない。とくに狂言は「笑いの芸能」だとみなされているので、吉本万能時代のいまでは、狂言すらやたらにウケを気にするようになってしまった。
 困ったことである。しかしこれは、大蔵流中興の祖にあたる十三代の大蔵虎明が、はやくも『わらんべ草』で警告していたことだった。「是世上にはやる、かぶきの中のだうけものと云也。能の狂言にあらず。狂言の狂言ともいひがたし、たとへ当世はやるとも此類ハ、狂言の病といにしへよりも云伝へ侍る」と警告していた。
 顔を歪め、目や口を広げ、異様な振舞で笑わせようとするのは、たとえ観客がよろこぼうとも、見るに耐えないものだ。これは流行の歌舞伎の道化者というものであって、こんなものは能の狂言でもないし、狂言の狂言でもない。それは狂言の病というものだと、そう書いた。
 いつの世にもこうした媚が流行するものだと思うばかりだが、さすがに東次郎はこれを断固として拒否しつづけている。そして、むしろ少数でもいいから、狂言を深く感じる観客を育てたいと考えている。

 狂言というものは、人間の愚かさを厳しくも鋭く見つめるものである。けれども、だからといって、この愚かさを糾弾したり、暴露することはない。責任も追求しない。
 ここが狂言の狂言たるゆえんなのだが、この愚かさを慈しみで包む。その愚かさに入っていける余地をつくっていく。だからこそ、ここに媚があってはならないのである。むしろ、だからこそそこに「型」と「礼」を徹底させるべきなのである。
 こういう態度は難しい。やっと狂言がブームになってきて、寒い時代が終わったかのように見える時期、あえて厳しい狂言を見てほしいというのは、勇気のいることだ。けれども、まさにこの一点の突き放しと引きこもりこそが、日本の芸能の内奥を濃くするかどうかの分岐点なのである。ここは「少な少なに演じて」、観客に心を残すところなのである。
 東次郎はそこに言霊の真の力と、そして能狂言にのみひそむ「別の力」を見ている。こんな体験談を書いている。

 子供の頃に金春の桜間弓川の『鉢木』を見たときのこと、シテの佐野源左衛門常世が旅の僧に宿を貸すことを断ったため、それを悔やんで雪の荒野を彷徨して旅の僧を呼び戻そうとする場面がある。 このとき弓川は、つっと正先に出て、瞬きひとつせずじっーと正面から幕までを眺めまわすと、ぐっと見込んだ。それだけで、舞台は夕暮迫る広大な雪原に転じた。ついでシテは、遥か彼方に黒い一点となった僧を見つけ、あ、あそこにいる、よかったと安堵するのだが、ここで弓川は長袴の裾をさっと捌いたのである。
 雪原で袴を捌いたのなら、これはかえってリアリズムであった。しかし弓川はそのように袴を捌いたのではなかった。客僧を呼び戻せること、二人がやがて出会えること、それを一面の白い世界でただ一人感じたこと、それらを袴の払いにこめたのだった。
 この一瞬、シテの心の演技は「虚」から「実」に変じ、観客はそこに「別の力」を感じることができたはずなのである。東次郎は、子供のときに感じた老体桜間弓川のなぞのような演技を、のちにこのように回想して意味づけていた。
 そして、これを「すりかわり」と名付けた。雪原のもつエネルギーとシテのもつエネルギーとがすりかわる瞬間だとみなしたのである。この東次郎の指摘が、本書の一等の白眉である。なるほど、このような人がいるのなら、まだ日本の芸能も持ちこたえられることになるだろう。
 東次郎はこんなふうに本書を結んでいる。伝統を守るというと、保守的で頑なな態度だと思われるでしょうが、「守る」ということは実は「攻める」よりずっと力がいることなのです。「攻め」は激しく高じることですが、「守り」はそれをしつづける持続です。辛いのは当たり前、そこに伝統があるのです。

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