金井壽宏
ニューウェーブ・マネジメント
創元社 1993
ISBN:4422100637

 金井クンと呼ばせてもらう。
 たんに10歳ほど歳上だというだけではなく、この「金井クン」という呼称を含めて本人の全貌に愛情を感じているからだ。その理由は、別に隠すわけじゃないのだが、男と男の愛情だから、説明しにくい。
 本書はその金井クンのヒット作で、資生堂の、当時は社長だった福原義春さんが「日本の経営学者の本を一冊だけ選ぶのなら、この本だ」と太鼓判を捺したもの。これはぼくが推薦するよりよっぽど効能のある太鼓判、いや、太閤判というほどだ。

 何が書いてあるか、ビジネスに関係のない読者のためにごくごく短絡的な案内をするつもりだが、その前に「あとがき」にこんなことが書いてあるので、それを紹介しておく。例によって「本書を書くにあたって感謝したい人々」の名前が列挙されているのだが、そこにさりげなく、次の一文が挟んであった。
 「学界などという枠を離れた世界では、なんといっても松岡正剛氏から、ほとんどデモーニッシュな知的刺激を得た。知らないことがあまりにも多く、深く考えているつもりでも深さの足りないことがあまりにも多いことを、わたしにわからせてくれた」というふうに。
 これはギョッとした。まずはっきりさせたいのはデモーニッシュなのは松岡正剛なのか、知的刺激がデモーニッシュなのかということである。それによっては、ぼくの金井クンへの愛情関係に微妙なヒビが入る。おそらくは両方にかかる言葉なのだろうか。しかしそうなると、ぼくは金井クンとはいつもハローウィンの祭礼の仮装者のようにしか出会ってこなかったということになって、これは困るのだ。ぼくは金井クンとはいつも「ほおずき市」の少年どうしのように会っていたつもりなのだ。
 もうひとつ「わたしにわからせてくれた」だが、もしそうであったのなら、こんなに嬉しいことはない。それならデーモンだってかまわない。ぼくはきっと顔が優しいお化けちゃんなのである。ただ気になるのは、いったい経営学者のヒット作の本の紹介に、こんなお化けちゃん云々などというワケのわからない話をしてよかったかどうかということである。

 では、短絡案内をする。
 本書は47個のモジュールからできている。これが忠臣蔵の討ち入りのようで、いい。「原則を自ら生み出す」「品格よく疑う」「議論の場を確保する」「アイデアを葬り去る」「疑いの復権」「見えないことのデザイン」「自分の正体を知る」「空虚感を直視する」「第三の変数を探す目」など、四十七士ふうのモジュールが意匠を変えて並び、それぞれ5ページくらいで明快に解説されている。
 いま挙げたイキのいいモジュール・フレーズだけでも、きっと経営者は頭の中で鈴のように転がしたいところだろうが、これはあくまでインデックスなのである。でも金井クンはこの鈴の音だけでも聞こえるようになってほしいという、ぼくよりさらに優しい男なので、こういう切れのいいフレーズを惜し気もなくモジュールの意匠にしてみせた。

 さて、経営管理とは「他の人々を通じて事を成し遂げること」ということである。
 ただし、このことを完遂するには、さまざまな障害を突破するのか、回避するのか、解釈を変えるのか、そこをブレークスルーしていく必要がある。ようするに目的のために、事態をいろいろ編集しなければならない。
 本書はそれを端的に、かつ丁寧に説く。その説き方にモジュールとは別に、キーワードをふんだんに使った。経営学からはマクレガーのX-Y理論とかリスキーシフト現象とか、心理学からはマズローの自己実現欲求とかセリグマンの学習性無力感とかアービング・ジャニスの集団浅慮(グループシンク)とかも動員されるけれど、そこに割りこんで金井クンの独創的なキーワード、たとえば「思い込みサイクル」「他者依存要因」「裏マネジメント」「例外による管理」「躾」「初々しいもの」「翻訳者と防波堤」などが、ズバズバ突き刺さる。これが、いい。
 加えてさらに、専門用語やキーワードについては、横組ゴシックの適用感覚に富んだ解説がつく。ぼくはこういう下馬評のような解説を付けるのが大好きで、世の中というものはたいてい下馬評でクライテリアを下準備して、そのうえで自分が何に賭けるか、何を決めるか、突き進んでいくものなのだ。こうしたフォローをおさおさ怠りなくサービスをするのを見ていると、金井クンはそうとうの編集達人なのである。

 ついで金井クンは「資質・行動・状況・運」というリーダーシップの条件を検討するほうへと読者を誘う。
 これは実は甘い汁である。むろん読者はこれに乗ってくる。ところがここからが胸突き八丁で、こうして誘いこんだうえでおもむろに、ところで組織には「職務の寿命」と「集団の寿命」とがあるんですよ。しかもこの二つは違いますねと脅かしておいて、みなさんは「変化の当事者意識」をもってますか、それはいったいどういうものですか、と殴りこんでくる。
 この「変化の当事者意識」をめぐってからが、本書のスピードが上がっていく。どうやらこのあたりがニューウェーブ・マネジメントの核心的な折り返し点である。すなわち「変化」が本書のホットワードなのだ。ホットワードということは、この「変化」という言葉はいくらでも言い換えられて、よくよく了解されるべきだということである。
 そこで金井クンは企業における変化、ビジネスマンの意識の変化の掴みどころ、つまりはプロセス・コンシャスな分岐点の自覚というものに、話をもっていく。

 たしかに「変化」は「経営」「人間」「リーダー」「創発」のいずれの代名詞とさえ言っていいものだ。問題は、その変化を当事者がどのように理解できるかということである。
 そこでここではちょっとエクササイズめいて説明すると、変化を感得するための初級は、自分から離れて相手の話の「聞き上手」になることだ。そうすれば、どこで相手の話の変化が始まったかが、多少はわかる。次は、「私は○○だ」「うちの会社は××だ」という言い換えを、どのくらいできるかを試してみることだ。それが30くらいこなせれば、さらに特定の製品や商品を言い換えてみるとよい。
中級になると、自分の見方を人に伝えてもらうことである。これはAからBへ、BからCへと伝わっていくうちに、何かが変わっていくことが観察できる。逆にそれをやってみれば、何が不動点として残留していくかということも見えてくる。これは社会におけるコミュニケーションの観察にもなって、また、組織におけるコンフィギュレーションの見取図にもなってくる。
 では上級は? これはみなさんが一人ずつ実際にネットワーカーとして機能してみなくては体験できないエクササイズというものになる。みなさん、ネットワークはマネジメントを越えるんです。

 こうして読者は、まんまと金井クンが用意したニューウェーブの波頭にやすやすと乗っていたことを知る。それがまた、なんとも気持ちよく、愛情に富んだものであることも知る。本書はそういう本なのである。
 ところで神戸大学経営学部の教授先生である金井クンには、当然ながらいろいろ立派な著書がある。いずれも軽快で、リズムがよろしい。ただし、ひとつ注意しておきたいことがある。それは金井クンの本を2冊同時に読んではいけないということだ。
 実は、ぼくが最初に『変革型ミドルの探求』(白桃書房)を読んでいる最中に、もう一冊『ウルトラマン研究序説』(中経出版)が送られてきた。あまりに食欲をそそる本だったので、この2冊を代わるがわる読んでみたのだが、たちまちいったい自分が変革ミドルを理解しているか、ウルトラマンの変身を理解しているのか、わからなくなった。注意したいことである。
 ついでに、もうひとつ。本書もそうなのだが、金井クンはどんな話もマネジメントやネットワークの現場にあてはめられる編集達人なのである。だから、そろそろ神戸大学のほうをお忍びにして、公然とはISIS編集学校の師範になるべきではないだろうか。これは男と男の愛情関係から言っていることである。

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