ウィーダ
フランダースの犬
新潮文庫 1954
ISBN:4102054014
Oui'da
A Dog Of Flanders 1872
[訳]村岡花子

 小さな頃、『家なき子』や『小公子』や『フランダースの犬』を読んで蝉のように泣いた。読んでいるとしゃくりあげてくる。そんなところを母や妹に見られまいとして、布団にもぐりこみ隠れて読んだものだ。
 可哀想な主人公に自分の身を託して、その行く末を一緒にはらはら案じるという子供ながらの一途な感情は、その後に大人になっても忘れられないトラウマになってしまうのだけれど、あらためてふと思うと、いったいこの手の可哀想な物語はどうしてまたこんなに世の中に多いのか、それをまた少年少女に向けて作家や脚本家たちが次々に書くようになったのはどうしてなのか、いやそもそも可哀想な話を子供たちはなぜ好むのかといったことが、なんだかたいそう深い問題であるような気がしてくる。
 しかも、そのわりにそういうことをめぐる議論はずっと放置されてきたように思われてきた。

 ペローやグリム兄弟の童話は可哀想とはかぎらない。アンデルセンだってずっと可哀想だというものではなかった。
 それがおそらくは、近代の平均的な家族像が確立するとともに、もうちょっと面倒なことをいえば、資本主義社会の波及や近代消費社会の出現とともに、やたらに可哀想な作品が目白押しになってきた。とくに「みなし子」や「貧しさ」が浮上した。いまそのことを議論したいというわけではないが、ここには何かもう一度「近代」というものを問うための装置がはたらいているような気がする。
 だいたいこの手の"可哀想文学"には、たいてい「しあわせに暮らしていました」といった文章や「こうしてしあわせに暮らしました」という文章が最後に出てきて、そうか、そうか、とホッとするようになっている。この、そうか、そうかがあやしい曲者で、なぜかというに、それに対してときどき「不しあわせ」という言葉が出てくると、それで急に子供の心がズキンとするようになってしまうからである。
 こうなると子供には「不しあわせ」ということが格別なこと、目を離してはいけないことに思われてくる。「ハンスは不しあわせなことに」と書いてあるだけで、そこを読んだ子供は「不しあわせ」という運命の言葉と対決しなければならなくなってくる。それらはほとんどは「親がない、家がない、貧しい」といったことばかりなのだが、そのひとつひとつの“不幸”がどういう質のものであるかなどということは関係なくて、ただただ「不しあわせ」を受け取ることになる。

 けれども主人公たちの運命は作者が握っているのだから、子供はどうすることもできないで、結局は蝉のようになって布団に隠れ、薄幸な主人公の行く末に固唾をのむばかりなのである。
 アリストテレスからニーチェまで、ショーペンハウエルからシェストフまで、世の芸術論や文学論や人間論にはつねにごたいそうな「悲劇論」というものが付きまとってきたにもかかわらず、この手の"可哀想文学"についての研究がまったくないというのは、どうもぼくには片手落ち(これを差別用語だなどと思わないこと)であるように思われる。
 メーテルリンクではないけれど、ここらで近代社会以降の世の中における「不幸」のつくりかたを問うては如何なものだろう。とりわけワイドショーが好きなおばさんたちは、マスメディアが造成する「不幸」に加担しすぎであるようだ。実は、名作少年少女ものを含めた児童文学の中の多くの不幸は、たんに不幸を描いているのではなかったはずなのである。

 さて、『フランダースの犬』の第1行目にどう書いてあるかというと、「ネロとパトラシエはこの世に取り残されたよるべない身の上だった」というのである。
 そして第2行目で、「ふたりは兄弟よりもこまやかな友情に結ばれていて、ネロはアルデンヌ生まれの子供であり、パトラシエはフランダース生まれの大きな犬であった」というふうになる。で、第3行目、「かれらはほとんど生涯を共にくらし、どちらも孤児で貧しく、同じ手に養われていた」と続く。
 付け加えれば、「ふたり」は村の教会の鐘が聞こえるみすぼらしい小屋で、ほとんど生まれ落ちてこのかたずっと暮らしていたが、その「ふたり」の前には広い青野がひろがって、その向こうにアントワープの大伽藍の尖塔がそびえているのである。
 これで、たいていの子供たちはもうすっかり物語の中に入り、金縛りにあったようにネロとフランダースの犬から離れられなくなっていく。
 このあと小屋の持ち主がダースじいさんのものであること、ネロのお母さんは2歳のときに死んでしまったこと、ネロは無邪気で誠実であること、小屋は「みすぼらしくても清らか」であること、パトラシエは「何世紀も苦しい残酷な労役に服してきた、奴隷中の奴隷」であり、「庶民の中の犬」だったことが告げられる。

 ここから話は、どうなるか。憶えているだろうか。
 ネロがアロアという少女に惹かれること、アロアの父親にいじわるをされること、ダースじいさんが死ぬこと、風車小屋が火事になること、そのほか少しずつの小さなエピソードが行きつ戻りつ続いていく。
 物語はこの「ふたり」がクリスマス前夜の大雪の日に凍え死ぬところで終わる。ネロはフランダースの犬に「人はぼくたちには用がないんだ。ふたりっきりなんだ」と言って、体を寄せあって死んでしまうのだ。
 では、そのあいだ、この物語は何をめぐって語られていくのか、思い出せる読者はいるだろうか。おそらくは原作を読まないかぎりは、この物語の主題など、まったく記憶に残っていないのではないかとおもう。それなのに、『フランダースの犬』がひどく可哀想な話であったことだけはよく憶えている。ぼくは見ていないのだが、テレビのアニメを見た者は、原作にないエピソードをたくさん見せられて、もっともっと泣いたということだ。
 われわれが自分が泣けた作品を"可哀想文学"だと思いこんでいる問題が、ここにある。われわれは何かを特別視することで"可哀想"をつくりあげてきたようだ。むろん、多くの作者もそれも狙っているのだが、実はもう少し別の動機で書いていることが多いのである。

 『フランダースの犬』はアントワープが象徴的な主題になっている。アントワープは、この作者にとってはルーベンスの町である。したがって、ルーベンスの2枚の大作『十字架にかけられるキリスト』と『十字架からおろされるキリスト』が大伽藍の聖堂の中にあること、それをネロが僅かなお金がないためにずっと見られないままになっていることが、この物語の進展のすべての駆動力になっている。
 ネロは画家になりたい少年だったのである。絵の才能も溢れていた(そのことも書いてある)。それを知っているのはネロが石畳に描きちらす絵を見ているフランダースの犬だけで、最後までその才能は認められないままになる。ただアントワープでは絵画コンクールがあって、ネロはそこに応募する。物語では発表の日が近づくこととクリスマスが近づくことがたくみに重なっていて、物語はそのクリスマスと発表の日に向かって進行する。
 ネロは絵の具代もない小屋でやっと一枚の絵を描くのだが、クリスマス前の発表の日に自分の絵が落選していることを知る。その直前、ネロは火事の責任を問われ、アロアとの待ちに待ったクリスマスも送れないことを知り、絶望する。そして自分より大事なパトラシエにパン一切れすらあげられない身のふがいなさを感じて、ふらふらと町をさまよいに出る。
 それが雪の日だったのだ。パトラシエが必死にネロの足跡を追ってみると、ネロの靴の跡は大伽藍に向かっている。

 やがてパトラシエは、大伽藍の中のルーベンスの絵の前で凍え死にそうになっているネロを見る。が、すべては間に合わなかったのだ。「ふたり」は体を寄せあって、死ぬ。
 ところが、翌日のクリスマス、人々はネロがいろいろな事件の罪をなんらもっていなかったことを知り、しかも絵画コンクールの審査員がネロの絵を見落としていたことを正直に羞じて、ネロの絵こそが特選作であることを発表する、というオチになる。

 ちょっと秘密をあかせば、少年のネロの名はニコラスの愛称である。ニコラスはヨーロッパ人にとっては聖ニコラスのこと、すなわちサンタ・クロース(セイント・ニコラウス)のこと、つまりはこの物語は聖降誕祭にあわせた出来事になっている。
 そこへアントワープというイコノグラフィック・トポスをかぶせた。アントワープの名は巨人アンチゴンを倒してその手をスヘルデ川に投げこんだ英雄シルヴィス・ブラボーの伝説に由来する。アントワープとは手を投げるという意味である。一条戻り橋の渡辺綱の伝説に似ている。
 そのアントワープがルーベンスの町であることが、さらにこの物語をアントワープ大教会に飾られているキリスト昇架とキリスト降架という"2枚の絵に挟まれた出来事"にさせている。が、それだけではない。大教会にはルーベンスの『聖母被昇天』がいつも布に覆われて飾られている。ネロにとってはこの絵を見ることが、未知の母親と出会うことでもあった。
 ルーベンスが犬好きだったこと、サンタクロースが犬橇に乗っていることは、アントワープの歴史の中にいる人々の「記憶」であった。物語はそのような共同体の記憶にもとづいている。もし可哀想だとすれば、アントワープとアントワープの周辺の人々が記憶を忘れてしまうことなのである。

 もうひとつ加える。作者のウィーダ(ペンネーム)は犬が大好きなのに、そのころはまだ犬を飼って暮らすことがおおっぴらに認められていなかった。そこでヨーロッパを転々とする。転々としながらも、なんとかして自分が何度も飼ってきた犬たちの心情を物語に入れてみたかった。犬たちの食事代がないときは、家具を売ってしまうような犬好きだったのである。そういうウィーダがアントワープ旅行の体験をもとに『フランダースの犬』を書いたわけだが、この作品ではパトラッシュを執拗に描いていない。むしろ抑制しているほどである。それがまた大きな黒い犬への愛着をかきたてる。動物愛護文学の嚆矢といってはつまらぬ評価になるが、そういう先駆性にも富んでいた。

 かくて物語は次のように結ばれる。「生涯ふたりはいっしょにすごし、死んだ後もはなれなかった。なぜなら少年の腕があまりにしっかりと犬を抱いているので」というふうに。これは可哀想な物語というべきなのだろうか。

参考¶作者のウィーダはペンネーム。ルイズ・ド・ラ・ラメーが本名。1839年のイギリス生まれだが、父親はフランス人。彼女自身はラテン文学が好きで、ヨーロッパを動いたのちフィレンツェに永住し、1908年に死んだ。約40篇ほどの作品をのこしていて、本書に併録されている『ニュールンベルクのストーブ』のほか、『二つの旗の下に』『銀色のキリスト』などの名作がある。これらはべつだん"可哀想文学"ではない。本来の意味での「ロマンス」である。それにしても、われわれはなぜ可哀想な物語をカタルシスにしてしまうようになったのか。ひょっとするとかなり難解な問題である。

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