イヴ=マリ・ベルセ
鍋とランセット
新評論 1988
Yves-Marie Berce
Le Chaudron et La Lancette 1984
[監]松平誠・小井高志

 タドリ読みという読書がある。輻湊読書といってもいい。本の中に多様なストリームが同時に動いているものだ。
 こういう本はよほど時間のあるときでないと読まないのだが、読み進むうちに、ほとんどの読書体験とは別種の感動がじわじわと滲みわたっていくことを知る。
 その読中感がどういうものかを説明することは、ぼくのような読者には難しい。なぜ難しいかというと、ぼくは登山やマラソンのような長時間持続型の活動を自分がすることを好まない。好まないというより、実行できない。
 けれども、そのような活動には想像上の敬意をもっている。そんな敬意はフェイクなのかもしれないが、それなのに登山ドキュメントやマラソン中継を見ていると、気がつかないうちに夢中になっている。そして、自分のなかにはまったく見当たらない状況の進行に入っている。

 本書の読中感はそういうものに似ている。どちらかといえば地理文化誌の本を読む、たくさんの古文書を読む、『チボー家の人々』を読む、太平洋戦争史を読む、画巻や絵巻物を読むといった感触に近い。
 いわば「伏流辿り読み」というか、タドリ読書なのである。ただし、一筋の物語を辿るのではなく、マラソン選手が辿るコースの周辺の光景をいちいち拾うような読み方である。アナール派の歴史書を読むと、ときどきそんな感想の途次に入れることがあるが、これもいつもそうとはかぎらない。たとえばアラン・コルバンやジョルジュ・デュビイのものは10冊以上を読んだが、感じいったのは『香水』だけだった。
 そういう意味でも本書はぼくにはやや珍しい読書体験をもたらしてくれた一冊だった。

 本書は歴史家が書いた医学史である。ただし一人の医者の記録ではなく、一つの医療機関の活躍でもなく、科学の勝利の記録ですらない。多数の医者がひとつの症状の克服にそれぞれ向かった記録なのだ。
 その多数の医者は、その一人ずつが似たような努力に向かい、その努力の成果を互いに伝えあっただけで、そこにはどんな組織的な指導も誘導もない。それなのに、ここには大きな歴史の歩みが立ち上がる。
 ひとつの症状とは天然痘である。その天然痘に対して各地で判で押したような闘いがくりひろげられる。種痘という闘いだ。また、種痘のためのワクチンがつくられていく。そのために医師たちが用意したのは鍋とランセットだけだった。ランセットは小型のメスのことをいう。ランセットがなければバラの刺やサボテンの針を代用した。ワクチンに涙や唾をまぜることもあった。

 そういう歴史が輻湊的に描かれているのだが、本書をかつて読んだときの読中感を思い出すと、この1カ月にわたってあらゆるマスコミを賑わしたニュースとの対比がかけめぐる。
 この1カ月というもの、炭疽菌というこれまではあまり聞きなれなかった細菌のばらまきテロに対して、アメリカ社会が大量のワクチンを製造しているというニュースが毎日のように、執拗に伝えられていた。バイオテロによる恐怖をどう見るかをめぐって、知識人やマスコミによる急激な議論も始まっている。炭疽菌よりも天然痘細菌のばらまきのほうの防備こそが水面下では進行しているとも言われてきた。
 炭疽菌のワクチンはアメリカ政府の強力な指導のもとに用意されている。現代ではそういうことが常識なのだろう。
 しかし、本書が扱った歴史は、まったくそういうものではない。一人一人の村の医師たちが少しずつ立ち上がった。本書は、天然痘に対して地域の共同体がどのように対応したかという記録にもとづいた歴史書なのである。

 著者のベルセについて一言書いておく。
 先だって何人かのフランスの学者たちと交歓する機会があったとき、意外なことにフランスの学問状況がなかなか鎖国状況を打破できないでいるという話を聞いた。フランス人がフランス文化やフランス語をやたらに自慢したがるのは昔からのことだし、それが閉塞感をつくっているとは必ずしもおもえないのだが、中にいるとそういう密室感もあるらしい。
 ベルセはそういうなかでは、まことにインターディシプリナリーであり、扱う領域も広範囲におよぶ。かつて話題になった『祭りと叛乱』など、そこからいくつもの主題を奏法を拾い出すことができる。アナール派ともくされてはいるものの、本人はもっと自由な立場で研究をしているという。
 しかしインターディシプリナリーであるのに、そういう特徴を発揮する研究書や啓蒙書の多くにふつう見られるような、どんな「衒い」もない。この「衒い」がまったくないということが、本書を退屈させない発酵力になっている。
 もともと専門は国立文書館時代に研究していた古い農業社会の研究と民衆叛乱史だった。それがリモージュ大学に移って、革命期および帝政期にフランスの侵略をうけたイタリア農民の抵抗に着眼してから、しだいに多様な研究に入り、さらにランス大学では祭りと人間、牛馬と人間、病気と人間というふうに歴史舞台の奥の舞台裏のしくみの解明に入っていった。この時期の名著に『祭りと叛乱』がある。
 どこかカルロ・ギンズブルグと通底するものがあるように見えるけれど、本人はあくまで近代社会の成立基盤を問うているのだとみている。

 ベルセが広いのは民衆意識の解読に立ち会っているからで、その民衆がどの時代のどの社会に属していようと、そこを掘り下げることは、かえってどんな人間社会の問題の網目とも交差するものがあるからなのであろうとおもう。
 本書もそういう視点が張りめぐらされている。
 扱っている時代は1798年から1830年までと限られている。表立った主題も天然痘をめぐる民間信仰と予防医学でしかない。
 ところが、読めばすぐに伝わってくることだが、ここからはアペニン山脈の集村で息づくロマン主義時代の医師たちの活動が、スタンダールの『イタリア紀行』などではとうてい窺い知れない活動として蘇ってくる。そればかりか、ワクチンの開発の処方箋や種痘の可能性が次から次へと各地に伝わって、それがアメリカ政府による上からの炭疽菌対策などとはちがって、人から人へ、口から口へ、紙から紙へ、鍋から鍋へ、ランセットからランセットへと伝わっていく様子がヴィヴィッドに描写され、まるで当時のドキュメンタリー・フィルムを見ているかのような印象が刻々と伝わってくるのである。
 その一方で、世界中の天然痘の流行とその対策の歴史が挟まれていく。民間信仰や魔術が復活する村もある。ワクチンこそが悪魔がつくった毒薬だとも騒がれた。それをひとつずつ医師たちが突破していく。
 全部を読むと、まるで自分が勇気ある民間医師たちとともにどこかの村を守ろうとしていたんだという気にさせられる。

 天然痘痘苗の接種を考え出したのはオスマントルコである。1710年ころだった。それがイギリス大使夫人のメアリー・モンターギュ夫人によってヨーロッパに伝えられた。1720年ごろ、ロンドンで痘苗接種術があったことが確認されている。それから半世紀、世界中で天然痘の猛威がふるうなか、ジェンナーが牛痘による防疫効果を発見した。1796年のことである。
 しかし、その論文が『ビブリオテック・ブリタニア』に掲載されても誰も驚かなかった。これに注目したのはジュネーヴの医療雑誌の編集者オディエだった。オディエは牛痘をワクチンと名付けた命名者でもある。その二番煎じの記事に医師ジャン・ド・カルロが反応する。さっそく子供のシャツに染みこんだ膿をとっておいて、それを一方から他方へと移して種痘の連鎖をつくった。
 そこから先は北イタリアで、マルタ島で、バクダッドで、セイロン島で、ロッテルダムで、それぞれ別々の医師が種痘に挑戦し、その効果を隣の医師に伝えた。

 まとめていえば、あとはこのような鍋とランセットによる個別の闘いが連打続行されただけなのである。
 それなのに、本書はその事実を次々に記述するだけで(しかしながら、その事実の積み上げが正真正銘の歴史活性であることを存分に告知するに充分な出来事の順序によって記述するのだが)、われわれを深々と感動の脈絡に引きこんでくれたのだった。
 ふつうはこの手の歴史の中心にいるはずのジェンナーが、ところどころに顔を出すだけなのが、ベルセの書きっぷりの自信を感じさせもした。

参考¶ベルセの『祭りと叛乱』は新評論から翻訳されている。文字に残らなかった民衆意識に光をあてつつ、祭りがどのように叛乱になっていくのか、克明に辿っていく。

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