秋里籬島
都林泉名勝図会|上・下
講談社学術文庫 1999
ISBN:4061594117

 白幡洋三郎の解説がうまい。もともとの原本が“名所ぴあ”のようなものだから、その解説も150点におよぶ図版に短文を添える程度のものなのだが、それがかえって香辛料のようであり、また庭園史の研究者らしい連続観が出ている。
 かつて『都林泉名勝図会』の解説では、1965年から井口海仙が『淡交』に連載したものが印象深かったが、白幡のものは新しいスタイルをつくった。文庫本になったことも嬉しい。

 本書は「名所図会」という新語によるニューシリーズの発案者ともいうべき秋里籬島(あきさと・りとう)のヒット作のひとつで、『都名所図会』を皮切りに寛政年間に次々に編集された名所図解本である。
 寛政年間というのはだいたい1790年代にあたる。政治的には渋い時代だが、京都の公家や町衆にとってはせめて遊興を愉しみたい気分が出てくる時代だった。そこへ“名所ぴあ”が刊行された。『住吉名所図会』『和泉名所図会』『摂津名所図会』『河内名所図会』などの大坂シリーズ、さらには『東海道名所図会』『近江名所図会』『木曽名所図会』なども次々に刊行されて、秋里籬島が関西のメディア界と“大衆”にもたらす手際と配慮は圧倒的な勢いに達した。
 そのなかでも『都林泉名勝図会』は京都の名園を採りあげ、やや詳しいガイドを付したという点で有名になった。

 ともかく挿絵が見飽きない。『都名所図会』は竹原春朝斎が一人で描きまくったが、本書では西村中和・佐久間草偃・奥文鳴の三人が競った。そのひとつひとつを見ていると、そうか以前の京都はこういう庭に満ちていたのかとおもう。
 そもそも日本を知るには、いちばん見えやすいのが庭である。書物や建築や絵画を見るよりは、見えやすい。その中に入っていけるし、見どころがはっきりしている。法隆寺の構造を知るよりは竜安寺の石庭を見ているほうが、スッとする。
 しかし、それだけに日本の庭には中世の『作庭記』以来の作意工夫の歴史の積み重ねがあって、たとえば小堀遠州の作意を正確に見破るには、ちょっとした見方も必要になる。そういうときに本書などが大いに役立つ。較べられるからである。

 京都の庭は、ぼくのような昭和20年代後半から30年代に楚々とした青春をおくった者にとっては、唯一のデートコースだった。女の子とどこかに行くとなると、まずお寺の庭くらいしか思いつけなかったのである。
 だいたい京都では、見合いをするにも、大人が会合をもつにも、庭がないところなどに行くことはありえない。料亭に行って庭が見えない座敷につくなどということもない。いまでこそ庭のない料理屋やレストランが多くなったものの、当時は、人と人が出会うところには必ず庭があったものなのだ。
 ということは、実は見合いやデートや食事の最中にちゃんと庭を見るわけでもないのだから、京都育ちの者たちはとりあえずはあれこれの庭に行ってはいたとしても、ちゃんとは見ていないということになる。むしろ京都を訪れる旅行者のほうがしっかり観察しているといったほうがよい。
 それは江戸時代も同じことで、こういうガイドが出ないかぎりはほとんど詳しいことを知らなかったと見るべきなのだ。いやいや江戸時代どころか、本書はいまの京都の住人たちも見るべきガイドになっている。

 かつてぼくは講談社の『アート・ジャパネスク』に十文字美信を頼んで本法寺の庭を撮影したことがある。琳派の巻である。
 そのころ本法寺の庭を琳派の庭と見る者はほとんどいなかった。光悦の作庭だということもあまり信用されていなかった。しかし、実際の庭を見ればわかることだが、なかなかおもしろい。おそらく研究者たちもろくすっぽ見ていないのであろう。けれどもぼくは、父親が所蔵していた『都林泉名勝図会』を見て本法寺に憧れていたので、何度か訪れていた。光悦が好きだったこともある。
 かくて撮影した写真は見事なものとなったのだが、これを見た研究者たちはまだ首を捻っていた。どうも学者というものはなかなか固定観念から抜け出てこない。
 そうしたら、この文庫本になった本書では、白幡洋三郎が本法寺の庭にちゃんと注目をしてくれている。ホッとした。

 本法寺はもともとが日蓮宗の中興の祖である日親上人ゆかりの寺であるから、法華衆徒の本阿弥家がかかわったのは当然のこと、おそらく光悦と寺の関係はかなり深かったとおもわれる。
 そこで光悦は「三巴の庭」を構想し、築山を三つ巴に意匠した。『都林泉名勝図会』には「その形、築山、泉石共に浪の紋を模す」とある。加えて池があり、切石10個で囲まれているのだが、これが不等辺の十角形なのである。まことに斬新で、かつて重森弘奄が瞠目したというのも頷ける。
 というようなことで、本法寺の庭はいまでも注目に値する庭なのだが、本書はそういうことをすでに寛政年間の名勝として、くまなくカバーしきっているのである。まあ、本文を読まなくともいいから、庭園図集としてよくよく眺めてみられるとよい。

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