川瀬武彦
まねる
テクノライフ選書 オーム社 1995
ISBN:4274022935

 この「テクノライフ選書」というシリーズは1994年から刊行されているもので、日本機械学会のメンバーが母体になっている。創立100周年を前に企画されたものだった。
 日本機械学会はぼくも一度招待講演を頼まれたが、なんとも好ましい雰囲気で、あたりまえのことだが、メンバーの全員が機械じみている。リーダーは早稲田の土屋喜一さん、東北大学の猪岡光さんや東大の廣瀬通孝君らも世話人になっている。機械じみた連中と機械じみた話をしていると、自分がすぐに機械じみたシステムだということが感じられてくる。そうするとときどきグリスをさしたり、検針をしたりするかなあという気分になってくるから、不思議なものだ。
 で、このシリーズにはときどきハッとするものがある。『あやつる』『アミューズメントマシン』『燃える』『感じる』『日本の機械工学を創った人々』『飛ぶ』『逆に考え、逆に解く』『はかる』など、ちょっと覗いてみたくなる。それとともにヴァイオリニストの千住真理子の『生命が音になるとき』なども入っている。エンジニアばかりが書いているわけではない。

 本書は世阿弥の『花伝書』にふれながらシステムダイナミックスが構築してきたモデリングの発想を案内しようとしたもので、なんであれ「ふるまい」を対象にする。
 「ふるまい」といってもニュートン力学にもとづいた星のふるまいから自転車やコマのふるまいまでがある。これらを統一的に眺めようとすれば、まずふるまいを「システム」として捉える必要がある。本書も、まずはふるまいをシステムとみなすにはどうすればよいかということから入る。
 システムがシステムであるには、「要素とよばれるものの集合と要素のあいだに定義された関係の集合を必要とする」。つまり、最初にその対象のふるまいを要素に分ける。これを機械工学では「切断」(reticulation)という。切断といっても、切断した要素がバラバラになったのではダメである。reticulationの語源はラテン語の「網」であり、ということは切断しながら網目状の構造を与えるという感覚が重要なのだ。こうすることで、切断とともに「接続」という見方が生まれてくる。
 これはしばしば「ダイヤコプティクス」とよばれる考え方で、もともとは1960年代にクロンが電気回路設計に関して確立した考え方だった。
 すべての電気機械というものは、それが交流機械であれ直流機械であれ、たった一つの原始機械(プリミティブ・マシン)から、結線のしかたを変えるだけで実現できるとしたもので、しかもこの結線は、原始機械と対象の電気機械におけるコイルの両端の電圧、およびこれを流れる電流の線形変換としてあらわせるはずだというものである。
 この原始機械の考え方が機械工学ではモデリングの中心になっていく。電気機械でいえば、固定子と移動子と端子によって成立しているシステムだ。

 モデリングにあたっては、こうした原始機械をモデルとして図示する必要がある。しばしばリニアグラフがつかわれる。もともとはオイラーが発想したものだ。
 リニアグラフは「頂点」とよばれる点と「枝」とよばれる線で描かれる。これによってシステムのモデルは空間的な配置におきかわる。これがものすごく便利なのである。ついでこのリニアグラフが複雑になっていくと、その一部の重なりを太い線(ボンド)で表示するボンドグラフというものになっていく。
 そもそもモデルとかモデリングといっても、そこには大きく二つの方法のちがいがある。コンピュータモデルや言語モデルは「数学モデル」というもので、これに対して思考モデルや政治経済モデルは「機能モデル」になる。しかし、そのどちらのモデリングでも、よりよいモデルをつくるには試行錯誤をくりかえすしかなく、その試行錯誤のしかたこそが「まねる」ということなのである。つまり世阿弥ふうにいえば「稽古」、松岡正剛ふうにいえば「編集稽古」というものなのだ。

 試行錯誤はだいたい二つの方法でおこなわれる。ひとつは「アナロジー」である。
 アナロジーは、ある二つ以上の情報をもたらす集合関係のあいだに成立しているかもしれない特定の対応関係をさぐることで、これは誰もがふだんやっている。ただし、このアナロジーのプロセスをそれなりにノートできる必要がある。このノートも試行錯誤の連続でマスターするのがいいとおもうけれど、そういう分野が好きならば機械工学や設計理論を借りればラクになる。
 もうひとつは「双体性」(duality)である。対象となったシステムのふるまいをいろいろアナロジーした結果、きわめてこれに酷似する別のシステムのふるまいがあったばあい、この二つのシステムのふるまい間を一挙につなげて考えてしまうという方法だ。つまり、システムの内部のアナロジーで浮上してきた特徴を、そのシステムの外部にある別のシステムの特徴と関係づけること、そのことである。
 これはぼくが「編集の八段錦」と名付けたアプローチで「編集的対称性の発見」とよんでいるものにあたる。『知の編集術』(講談社現代新書)などを見られたい。これを機械工学では「変数対応の双体性」という。
 以上の二つのアプローチでモデリングの基礎ができてくると、次は「量」と「時間」を扱う。量は、機械のばあいはたいていは物理量で、これはスカラー量すなわち不変量として扱っていく。これに時間の推移が加わる。システムのふるまいは時間によって変化するからだ。これは数学的には微分操作になってくる。

 本書はこうしたモデリングのための数学的操作を主題に案内をしていて、そのぶんけっこう専門的であるのだが、これらすべてのプロセスが「まねる」という思考にもとづいているのだという前提が勇気を与えてくれる。
 そもそも「システム」とか「ふるまい」という捉え方そのものが自然をまねた結果なのである。

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