クロード・ベルナール
実験医学序説
岩波文庫 1938 東京創元社 1961
Claude Bernard
Introduction a L'etude De la Medecine Experimentale 1865
[訳]三浦岱栄

 少年時代は科学者に憧れていた。小学校で電気倶楽部、中学校は1年目が郷土部(鉱物化石部)で、2年からは科学部だった。それが高校時代に遭遇した出来事『カラマーゾフの兄弟』とによって軌道がゆっくり転回した。このぼくを変えた出来事についてはいずれ書くことがあるとおもう。
 なぜ科学者に憧れていたのかと思い出してみても、動機は判然としない。身近に“見本”があったわけでもない。動物の先生や星の先生などがいてほしかったとおもうが、残念ながらいなかった。ただ、やたらに「山」と「虫」と「石」に惹かれていた。まだファーブル先生やキュリー夫人は眼中になかった。
 身近な科学者といえばせいぜいお医者さんであるが、お医者さんを自分に重ねてみることはなかった。中学1年のときに猩紅熱で隔離病棟に入り、患者のほうの意識を強引に植え付けられたからだったかもしれない。
 それなのに漠然と科学者に憧れていたのは、なんとなく「実験」「端然」「無比」「集中」「研究」といったイメージが好きだったからだった。抽象度にとんだ科学者が好きだったのだ。そうそう、ガラスや金属の光を放つ実験器具の姿や形もめっぽう好きだった。あの冷たい器具の美しさに触れてみたかったという、ただそれだけのことだったかもしれない。

 クロード・ベルナールの『実験医学序説』を読んだのはいつごろだったか。手元の岩波文庫の発行日は昭和45年1月16日とあるから、1970年のこと、26歳の直前である。
 ということは『遊』を用意しはじめていたころだ。『遊』は科学と芸術のあいだに対角線をつくりたくて発想した雑誌だから、そのころはまだ出会っていない科学書をかなりのスピードで次から次へと読んでいた。そのうちの一冊だったのではないか。
 科学書には、読んですぐに引きずりこまれるものと、必要があって気まずい思いをしながら読むものがある。ベルナールの一冊は前者の一冊で、近代医学の開幕を告げる最も重要な書物であるということよりも、ベルナールの発想にたちまち共振してしまった記憶がある。観察から実験に驀進するための発想がすばらしかった。それは、一言でいえば「感情」から「理性」へ、「理性」から「実験」へと驀進する快感である。

 ベルナールがぼくを襲ったメッセージは、次の言葉にあらわれている。とくに説明は不要だろうとおもえるので、列挙する。いずれも実験の哲学になっている。いま、こんなことが書ける科学者は一人もいない。 

[1]実験は客観と主観のあいだの唯一の仲介者である。
(唯一の、というところがベルナールなのだ)
[2]直観または感情が実験的構想を生み出す。
(感情はベルナールの出発点である)
[3]実験家は精神の自由を保持しなければならない。
(いま、科学者で「精神の自由」なんて言えるか)
[4]実験は哲学的疑念に立脚している。
(ベルナールはデカルトをベーコンの上においていた)
[5]偉大な科学者とは新しい思想をもたらす者のことである。
(新しい思想が科学なのだ)
[6]偉大な科学者とは誤謬を破壊した人のことである。
(誤謬の訂正じゃない、破壊だ)
[7]実験的方法は科学を支配している非個人的権威を自分自身の中から引き出すのである。
(こう言われると、科学者も体で考えるのだと知れる)
[8]実験的方法とは、精神と思想の自由を宣言する科学的方法である。
(方法、それがベルナールの魂なのだ)
[9]実験家の質疑的推理を帰納とよび、数学者の肯定的推理を演繹とよぶのである。
(帰納法と演繹法のアクロバティックな定義)
[10]数学的真理は意識的絶対的真理であって、実験的真理は無意識的相対的真理である。
(ああ、すごいことを指摘する人だ)
[11]われわれは疑念をおこすべきなのであって、懐疑的であってはならない。
(これはまさに哲学者の言葉である)
[12]実験的見解は完成した科学の最終仕上げである。
(実験ですべてがファインアートになっていく)
[13]統計学に立脚しているかぎり、医学は永久に推理科学に止まるであろう。
(いまこそ医者が銘記すべきだ)
[14]科学と科学者はコスモポリタンである。
(まさにその通り、であってほしい)

 こういうことが言えるので、本格的な科学者というものは燦然とし、断然としているわけなのである。
 しかし、このようなベルナールの断言はいまの科学者には大きく欠けている。なぜそうなってしまったか。ひとつは科学が技術に覆われたからである。ぼくは技術の革新には賛成である。技術にロマンがないともおもわない。けれども、科学にはそれを上回る哲学と思想が必要だ。いま、それがない。
 もうひとつは、科学者が科学の一部門のそのまた一領域ばかりに入りこんで、「科学」という全体に向かわなくなったからである。そういうことをしていた科学者は理論物理学者や天体物理学者を最後に、いなくなってしまった。

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