夏樹静子
椅子がこわい
文芸春秋 1997
ISBN:4163529802

 この著者の作品は一作も読んだことがないのだが、いささか腰痛をもつ者として店頭で手にとった。いずれ暇なときにでも読もうとおもって、しばらくそのまま放っておいたのだが、あるとき読んでみて驚いた。
 そして、どんな心理学書を読むより、とりあえずだまされたつもりでこの本を読むことを薦めたいと思った。

 著者は想像を絶する腰痛に苦しんだ。ベッドで目覚めた直後からの激痛、柔らかい椅子にはとうてい座れない痛み、そこで立っていようとするのだが、何かに凭れないといられない不安、そして何よりも眠りをさますほどの痛み。
 こうなるとレストランにも劇場にも行けないし、むろん電車にも飛行機にも乗れないから、旅行はできない。むろん病院に行った。それもあらゆる治療にかかった。整形外科、鍼灸医、産婦人科、温泉療法。さらに手かざし療法から祈祷をうけるまで、まあ、よくぞここまで試みたとおもえるほどに、著者はありとあらゆる手を打っている。ところが、何をやってもなかなか治らない。
 かくして著者は発病後2年ほどして、ほとんど仕事ができなくなり、自分の病が不治のものとおもうようになったばかりか、このままではこの得体の知れぬ病気で死ぬか、自殺するか、余病を併発して死ぬか以外はないと思いはじめる。ようするに死にとりつかれてしまったのだ。

 しかし、ここまではそうとうに痛みに満ちた話だとはしても、ありそうな話である。
 とかく不治の病の話は少なくない。そこまで著者がおもいつめたとしていても、読者のわれわれとしてはその痛みがわからないために、もうひとつ実感が伝わらない。多少はおおげさに表現されているのかという気も、しないではない。
 けれども、本書にかぎっては、そのような気分がしだいに削られていく。まるでわれわれの心と体にドリルが突き刺さっていくかのような絶望感めいたものが食いこんでいく。が、それも著者の作家の才能がつくった文章力だとおもえば、そのように思えなくもない。
 それが、いよいよ終盤にさしかかって、ついに著者自身がいまだに信じられないという結末をむかえるのである。

 著者は水泳療法をつづけていた。が、まったく治らない。水泳を勧めた医者は訝った。「これは骨や筋肉の問題じゃない。原因はメンタルなところにあるんじゃないんですか」と言いはじめる。心因性だというのである。
 そこで、その医者が推薦する精神神経科を訪れた。その医師はたいして著者の内面にふみこまずに適当な精神安定剤をあたえただけだった。著者は作家である。少なくとも人間心理については多少の心得がある。それゆえ、これは心の問題なんかではないという自信をもっていた。まして自分の心のことである。
 しかし、水泳を勧めた医者は、たとえば河合隼雄さんのような方には診てもらえませんかねえと言う。知人のツテで河合さんに連絡すると、九州大学の先生(原勝紀)を薦め、「ただし、どんな世界がひらけてくるか、これはわかりませんよ。だから本当に引退を賭けるつもりで闘いなさい」と言われる。2時間3回のカウンセリングを受けた。けれども帰りのタクシーではやくも腰が激痛に唸っていた。
 ついで森村誠一がそこで腰痛を治してもらったという表参道のカイロプラクテイック(及川淳)に3カ月通うのだが、これもダメ。硬膜外ブロックも試みたが、これもダメ。
 そこで心療内科の平木英人先生に相談をした。平木医師は著者のあれこれの説明を聞いて、原因は心身症にあると言った。著者はまたかと思ったものの、治りたい一心で自律訓練法をためす。平木医師との治療交信も始まった。そのあいだも漢方薬をのみ、枇杷の葉の温灸をし、イオン・パンピングを受け、音響療法にさえかかっていた。

 こうして著者は熱海で絶食療法をうけ、平木医師に最後通告をされる。「あなたの大部分を占めていた夏樹静子の存在に病気の大もとの原因があると思います」。
 著者は答える、「元気になれるなら夏樹を捨ててもいいくらいです」。が、平木医師は即座に言ってのけたのである、「元気になれるなら、といった取引はありえない。無条件で夏樹をどうするか、自分なりの結論が出たら私に話して下さい」。
 そんな話をされてもやはり激痛は去らない日々が続くのだが、著者は自分では結論が出せないでいる。平木医師はさらに著者に迫った。「では私の結論を言います。夏樹静子を捨てなさい。葬式を出しなさい」。理由はこうである。あなたの腰痛は“夏樹静子”という存在にまつわる潜在意識が勝手につくりだした“幻の病気”にほかならない!

 この宣告こそ、作家であって知識人でもある著者にはまったく容認できないものだった。しかも、著者はそんな推測がいちばんバカバカしいものだと何度もくりかえして、この3年間にわたって拒否しつづけたものだった。
 しかし平木医師はまったく頑として譲らない。結局、根負けしたようにして著者は絶食をつづけ、夏樹静子との決別を決意する。
 その直後である。激痛が去る。嘘のように消えたのである。そして二度と腰痛がおこらなくなったのである。
 このことはいまなお著者自身が信じられないことであるという。それはそうだろう、あれほどの物理的な痛みがただの自分がつくりだした心の問題であったということなど、とうてい信じられはしまい。
 しかし、著者は心身症にすぎなかったのだった。本書はそのことを劇的に、しかも説得力をもって告げている。森田療法が勝ったのである。

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