ポケモンビジネス研究会
ポケモンの秘密
小学館文庫 1998
ISBN:4094162119

 ぼくの書斎に知らないうちにピカチューをもちこむ人がふえた時期がある。1995年から始めたパーソナル・メディア『一到半巡通信』にピカチューの愛らしさに負けたというようなことを書いたせいだった。
 ピカチューは福岡から羽田に帰ってきたとき、空港を出る手前でなんとなく振り向いたら、そこにいた。ぬいぐるみなど一度も買ったことがないのに、無性にそれを持ち帰りたくなった。家に子供はいないので、書斎に置いた。毎日見ているうちに、その“密かな関係”がおかしくて、そのことを『一到半巡通信』に書いた。すべてはぼくが撒いた種である。
 もっとも、ピカチューの種はもともと任天堂が撒きちらしたものだった。1996年2月、ゲームボーイの専用RPGソフトとして『ポケットモンスター』が売り出されたのだ。初荷は23万本だったらしいが、2年で1000万本を超えた。お化けである。

 このお化けのRPGはそれぞれのフィールドで出現するポケットモンスターを捕まえて、最終的には151匹の「ポケモン図鑑」を完成させるというしくみになっている。
 これだけでもメンコ集め以来の遊びの本質を突いているが、ゲットしたポケモンを育てて強さのレベルを上げられるようにもなっているし、さらに決定的なのは、集めたポケモンを通信ケーブルをつかって他のプレイヤーのポケモンと対戦させたり、交換できるようになっている。対戦はともかくとして、ネットワーク上で交換できるところに念が入れてある。通信機能をつかわないと“進化”しないモンスターもいるので、図鑑完成のためにはモンスター交換は不可欠なのである。
 おまけに、ポケモンの背後では『コロコロコミック』という月刊マンガ誌でコミックの連載が開始され、次々にオフラインのイベントや各種プレミアムの発売が始まっていったばかりか、ポケモンのカードゲームまで考案されて(ポケモンカード)、これがまた爆発的にヒットした。これで市場規模がたった3年で4000億円を突破した。
 このしくみには、兜を脱ぐ。
 だからピカチューくらいでおやじが頬を染めていてはいけないのである。ポケモンの秘密に到達しなければいけない。だいたい子供たちの人気はサンダースやエレブーやフリーザーやイーブイなのである。だからといって、小学1年生が全員買っている『コロコロコミック』(200万部)を毎月とるわけにもいかない。そこでぼくは本書を読むことになったのだ。

 ポケモンのアイディアはゲームフリーク社の田尻智が出した。町田生まれ。インベーダーでめざめた世代である。23歳で「クィンティ」というゲームソフトをつくり、ナムコがこれを20万本売った。それで会社をつくった。
 しかしポケモンには6年がかかっている。通信で交換するというアイディアは、田尻が少年時代に夢中だった昆虫採集から来ている。最初は「カプセルモンスター」という名前で、カプセルの中にモノを入れて自分のところからケーブルを通して、相手のゲームボーイにぽとんと落とすところを見せれば、あたかもケーブルの中を通ってモノが移動するのが実感できるだろうという、そういう計画だった。
 これにプロデューサー役の石原恒和が加わった。石原君はぼくが10年以上も前から遊んでもらっている若き友人である。一種の天才型のオタクで、いつもその時期の最前線の話題と機械と計画にしか関心をもたない青年だった。そのころは西武系のセディックという会社にいたが、当時すでにずいぶん“新品”やら“試作品”を見せてもらった。
 いまはクリーチャーズ社の代表で、ポケモン1000億市場の圧しも押されぬボスである。『コロコロコミック』にポケモンを連載させたのも、ポケモンカードをメディアファクトリーの香山哲に勧めたのも、石原君の手腕だった。ポケモンが石原君と田尻智によって生まれたことが聞こえてきたとき、ああ、これで石原時代がしばらく続くなと思ったことである。

 ポケモンが大爆発したきっかけはいろいろあるだろうが、本書を読んであらためてわかったのは、「ポケモンは閉じていない」という神話がつくれたことにある。
 これは偶発的な動向から生まれた神話だった。実はポケモンは150匹だったのである。ところが、プログラマーが検品後にプログラムを消去したスペースに、もう1匹のデータを書きこんでいた。ふつう、ゲームには発売前にゲームが正確に作動するかどうかをチェックするための専用プログラムが入っている。これで最後まで作動させることが確認できれば、そのプログラムは消去するか作動禁止のロックをかける。どうやらその検査の終了後に、プログラマーが遊んだのだった。
 関係者の誰もこの“遊び心”を知らなかったのだが、ある日、ユーザーから「もう1匹、モンスターを発見したんです」という連絡が入った。これが151匹目のミュウである。
 かくして、ポケモンに何かを入れると新しいモンスターが出現するという神話ができた。外から何か新しいデータを入れると、そのゲームが拡張していくということが、これで広まった。
 そこで『コロコロコミック』誌上でミュウの存在を知らせるとともに、読者にミュウのプレゼントをすることにした。ミュウを20匹用意して、それぞれのカートリッジにIDをつけ、読者が送ってくるゲームカセットのロムに番号を書きこんで、送り返してあげるという企画だった。
 そのプレゼントに8万通の応募があった。このときポケモンの大化けを石原君や任天堂は確信したという。そして、ミュウを集めたユーザーたちは、世界でたったひとつの自分だけのIDをもったモンスターの所有者になれることになったのである。
 どうも、ぼくはピカチューではなくて、ミュウを入手するべきだったようである。

コメントは受け付けていません。