チャールズ・ブコウスキー
町でいちばんの美女
新潮社 1994
ISBN:4105276018
Charles Bukowski
The Most Beautiful Woman in Town 1967
[訳]青野聡

 末のキャスが5人姉妹のなかでも、町でもいちばんきれいだった。インディアンの血がまじっていて、しなやかな体は、蛇のように冷たいときも、火のように熱いときもあった。
 人になんて収まりきらない精霊なのである。だから他人が傷つくと心を痛めた。自分を傷つけるのも好きだった。目の下に針を刺したりもした。そのくせ10ドルでだれとも寝た。けれども、どんな男をも軽蔑していた。そういう女である。
 ブコウスキーは、修道院を出て数日後のキャスと知り合った夜に、キャスを自分の部屋に誘った。「いつするの」と聞くので、「朝」と言って背を向けたら、「おいでよ」と言った。ブコウスキーはそれからキャスに夢中になった。キャスもブコウスキーがバスタブに入っているときに、なぜか大きな葉っぱを携えてやってきた。それが何回も続いた。
 何度目かに寝た夜、キャスの首筋に傷がついていた。「ばかやろう」とブコウスキーが言った。「割れたガラス瓶でやったのよ」と言う。「頼むからやめてくれ。おまえみたいにいい女はこの世にいないんだ」とブコウスキーは哀願した。抱かれながらキャスは声を殺して泣いていた。
 翌日はブコウスキーは浜辺に行って二人でサンドイッチを食べ、キャスの膝に横たわった。「一緒にくらしてみないか」と言ったら、ゆっくり「やめとく」と言う。次の日から、梱包の仕事が見つかったので工場に通っていた。金曜の夜にバーでキャスがいつものように来るのを待っていたら、バーテンダーが「かわいそうなことしたね、彼女」と言う。「何のことだ?」と聞くと、「そうか、知らなかったのか、自殺したよ」。
 喉を切ったという。町でいちばんの美女は20歳で死んだのである。

 ブコウスキーの小説は、論評が不可能である。だいたい文学かどうか、それすらよくわからない。路上言語などともいわれているが、ロードムービーのようだというものでもない。
 ともかく、読むと、すごいものが伝わってくる。これはだれも書けない。少なくとも日本人の作家でこのように書く者は、いない。ほんとうは、ブコウスキーの『くそったれ、少年時代』のことを紹介したいのだが、やめておく。

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