J・G・バラード
時の声
創元推理文庫 1962
ISBN:4488629059
J. G. Ballard
The Voices of Time
[訳]吉田誠一

 本のカバーをはずすか、そのままにしておくか。
 最近は、めったにカバーははずさない。ときには帯もそのままにしておく。自分の本が自分の本ではなくなったからである。
 ぼくが蔵書の大半(文芸書以外のすべて)を、スタッフや訪れる人のために閲覧できる状態で公開してしまおうとおもったのは、工作舎を新宿番衆町の靖国通りに面したロイヤルマンション10階の一室に移したときからのことだから、もう25年以上も前のことになる。
 工作舎が次に渋谷松濤の山手通りの一軒家に移ったときは、本棚も揃え、棚組みにも工夫を凝らした。その本棚の本を「すべてチェックしたい」と言って、1年ほど荒俣宏が通ってきていた
 そのころから、本のカバーをはずさないで本棚に入れておくようになったのである。

 が、学生時代やそのあとの数年はカバーをすぐにはずしてしまうクセがあった。
 とくに文庫本はカバーがふかふか浮いて読みにくく、買ったらすぐにはずしていた。カバンに入れるにも、カバーがめくれたり折れたりするのが嫌だった。
 ミステリーやSFを文庫で読んでいたころも、カバーをはずしていた。創元推理文庫やハヤカワ文庫がその犠牲者たちだった。J・G・バラードもそうだった。
 したがって、現在、ぼくの手元にあるバラードの文庫本にはことごとくカバーがついていない。そのかわり、一部の人にはうらやましいことかもしれないが、バラードの自筆のサインが入っている。文庫本をかかえて、ぼくはロンドンのバラードの家に行き、次々にサインをしてもらったからである。

 さて、『時の声』は、ぼくがバラードに会いたくなった決定的な動機をつくった作品である。
 実際にロンドンの郊外に住むバラードに会いに行ったときには、すでに全作品を読みおわっていたが、そしてそのなかには『結晶世界』のように、ますます惚れなおしたくなるような作品もたくさんあった。そうではあったけれど、正直いうと、やはり『時の声』の強烈なインプレッションが、いつまでもぼくの気分を高揚させつづけていた。
 ぼくはおそらく、目のさめるような女の子に一目惚れをするように、『時の声』のバラードに恋をしたのである。その後、バラードの作品がいかにすばらしく見えようとも、それはその女の子が衣裳を変えるたび、春を迎えるたびに、ますますすばらしく見えるということを意味していた。つまり同じ女の子だった。
 だから、わがバラードは、あくまで最初に一目惚れをした『時の声』のバラードだったのである。それゆえぼくは、ながいあいだ、この作品を映画にしたいとさえおもいつめたものだった。

 では、ぼくがつくった映画を遠くに観るつもりで、次の簡単なシノプシスを読んでいただきたい。
 こんな物語なのである。いささか脚色してある。

 熱い午後である。何もかもが乾いている。
 カメラは乾いたプールを映している。プールの底には判読不能な表意文字によるマンダラのようなものがびっしりと描かれている。
 神経科病棟の一室の窓から、一人の男がプールを見ている。パワーズである。その顔にはひどい疲労があらわれている。パワーズは毎日診察をうけていた。友人のアンダースンによる瞳孔反応検査、顔面筋肉検査、血球数検査はいずれも奇怪な数字を見せている。
 パワーズが言う、「やっぱりおかしいか」。アンダースンが言う、「みんなおかしいさ。太陽がゆっくり冷えているんだからね」。
 この研究所を兼ねた病棟には、たくさんの異常な患者たちが駆けつけていた。それを見ていると、パワーズはおかしくなる。腕時計の針を見て、その針をむちゃくちゃに狂わせたくもなる。何かが急速に狂いはじめているのなら、もはや一定の時を刻むしかない時計には用がない。
 狂った時計のまま表へ出る回廊を進むと、埃だらけの窓ガラスに指で書いた数字が光をうけて浮き出ている。
 「96,688,365,498,721」。親友だったホイットビーが書いたにちがいない。ホイットビーは先週、自殺した。

 武装した警備員のあいだを抜けて、パワーズが玄関から外にでると、車の中に青年と若い女がいる。
 女は「いま野口英世の自伝を読みおえたんです。先生に似ていますわ」などと言う。女のスカートがまくれている。その瞬間、青年コールドレンの顔面筋肉が痙攣をする。青年は必死でその痙攣をこらえて、言った。「ナーコーマは厄介ですよ」。ナーコーマとは麻酔性昏睡症状のことだった。
 いつ何がおこるかわからずとも、パワーズはそれまでは謎を解明するしかなかった。
 いつものようにプールに行って、放心したままマンダラ模様を眺めていると、突如、黒い甲殻をもったアルマジロのような動物がプールのマンダラ模様を横切っている。パワーズはその甲殻動物を捕まえる。
 カメラがゆっくりプールの外景を写し出すと、むこうには巨大な電波望遠鏡の円筒が不気味に回転しつづけていた。そこには宇宙の夕闇が迫っている。

 翌朝、パワーズは捕獲実験室をもう一度チェックする気になっていた。すでにかなりの動植物が捕獲されている。いずれも体の一部が鉛化しつつあった。黒いチンパンジーなどもいる。
 助手が「みんな殻をつくっていますね」と言う。パワーズは「放射能に対する免疫が生じて甲殻化を呼んでいるんだろうな」と応えるのが精いっぱいである。
 そこへあの女コーマが「先生の動物園を見学に来ました」と入ってくる。ブロンドでコケットリーである。体はまだ柔らかい。眠りも始まっていないようだ。
 コーマに奇怪な動物たちを次々に見せているうちに、動植物の脇に貼ってあるラベルの「デボン系砂岩290000000年」といった奇妙な数字に、パワーズは何かを感じはじめる。そこには、イソンギンチャクからクモまで、カエルからサルまでが収集されているのに、それらはイソギンチャクではなく、カエルではなくなっている。
 どうも遺伝子異常がおこっている。おそらくは遺伝上の「沈黙の一対」が創発されてきたにちがいない。
 なぜ、そんなふうになったのか。最近の放射能異常によって始まったとしかおもえない。コーマが聞く、「これらは未来の生物なんですか」。パワーズはその問いに答えられない。そして、やっと一言だけ呻くように言った、「どうもこいつらは時が読める生物になりつつあるらしい」。

 パワーズは、しだいに数カ月前の出来事の再生をしはじめる。
 テープレコーダーがまわり、パワーズが同僚のホイットビーと会話している内容をあらためて聞いてみた。さかんに「インプロージョン」(内破)という言葉が交わされている。傍らでは、黒い毛のチンパンジーがテープに聞き耳をたてている。
 沈黙遺伝子は何を始めようとしているのか。パワーズには動植物と、そして自分の末期記録を読む以外の方法は残されていそうにもなかった。
 そのときコーマがホイットビーの雑然としたファイルから何かを見つけた。そこにはフロイトの最後のメモ、ベートベーンの最後のメモ、ニュールンベルク裁判の未公開メモ、人類初めて月に行ったときの飛行士のメモなどがクリップされていた。
 そこには、また「96,688,365,498,721」の数字が並んでいた。コーマがさきほどコールドレンから渡された紙をポケットから出してみると、そこにも同じ数字が並んでいた。ただし、最後の末尾が「720」となっている。

 パワーズはいつしか親友ホイットビーとまったく同じ作業に夢中になっていた。セメントミキサーを操り、タイヤレバーでセメントをこね、プールをつくりはじめていたのだ。
 我に帰ったパワーズはコーマに促されて、コールドレンの家に行く。そこはかつて数学者が別荘用に建てたもので、虚数の幾何学模型になっていた。そこには電波望遠鏡と連動した電算機が打ち出すパンチカードがずうっと吐き出されているコーナーがあり、二人はときおりその数字に目を走らせていた。
 そのときコールドレンが声をあげた。「終わりに近づいている」。電算テープは「発信源未確認。猟犬座、間隔97週」と打っていた。
 NGC9743のどこかで、渦状星雲が崩壊しかけているのである。パワーズはふらふらと別荘を出て、気がつくとセメントプールに、自分でもわからない模様を夢遊病者のように描き出していた。

 捕獲実験室では、わずかながら蛍光が発散しはじめていた。動植物がかさこそと動きはじめた。かれらの識閾値が完全に狂いはじめたのである。
 イソンギンチャクはニセの太陽をさがしはじめ、カメは甲羅を発光させていた。もうなにもかもが終わりにむかっているらしい。
 パワーズは車を走らせて、その地域の全体が見渡せるところに着いていた。夕闇が落ちてきそうだった。ついに星の声が聞こえはじめた。「時の声」だった。パワーズは自分が死んでいくのを知っていた。
 それが「時の声」だった。

コメントは受け付けていません。