三木のり平
のり平のパーッといきましょう
小学館 1999
ISBN:4093872600
[聞き書き]小田豊二

 この本のおもしろさは、聞き手であって、文章のまとめ役である小田豊二の手腕によっている。“聞き出し編集術”のお手本のような手腕である。
 誰にでもできる編集術ではない。小田はすでに『勘九郎とはずがたり』『中村屋三代記』『聞き書き・悠玄亭玉介』といった場数を踏んでいる。芸人に何を聞けばよいのか、何を聞かなければかえって喋り出すのか、そのコツがわかっている。
 この本でも、まことに巧みにのり平の言葉を誘導した。その誘導の言葉は本になった活字からはことごとく削除されていて、すべてがのり平自身の語り口になっているが、われわれプロの編集屋から見ると、楽屋の苦労と苦心が見えて、なおおもしろい。
 とはいえ、やはり三木のり平の途方もないおかしみがあるからこそ、そのおかしみを編集することに徹することができたのだったろう。

 三木のり平が並じゃないということは、すでにぼくが高校生のころに父がしきりに言っていたことだった。あれはたいそうな奴やで、と。
 父はのり平の舞台を見て感心したらしい。ぼくの父はいつもそうなのだが、自分が見てきた舞台を家族を前に口跡よろしく滔々としゃべる男で、それはぼくが小学生であろうと中学生であろうと、変わらなかった。家族が理解しているかどうか、そんなことはおかまいなしだった。
 そのときは何の舞台を見たのか忘れてしまったが、いま年譜を見ると『金色夜叉』あたりではなかったかとおもう。
 そのうち10年ほど前だろうか、ぼくの周辺でものり平が話題になっていた。一部の演出家はしきりに「のり平を使いたいねえ」と言っていた。これを決行したのはたしか別役実である。のり平の最後の舞台も別役の『山猫理髪店』だった。

 さて、本書は芸談としてのまとまりは欠いている恨みはあるのだが、のり平が遊びによって何を吸収していったのか、そのあたりの生き方・遊び方・演じ方をめぐる三位一体ぶりが、なんともいえず嬉しく、ついついノセられる。のり平は博打も玄人はだし、女も酒も本格的なのである。
 もうひとつ本書の得難いところは、戦後芸能史とりわけ喜劇の歴史を飾った連中のエピソートがふんだんにもりこまれているところだろう。そのうち、この「千夜千冊」では、もっと濃厚な芸人の話も紹介しようとおもっている。へい、ごたいくつさま。

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